2017年01月23日

休み

本日は、月曜日ですが、仕事は休みを取って大阪に向かってます。
たまにはこんなこともいいんじゃないかと。
組織は、自分が欠ければ大変なことになると思いがちですが、
意外に自分一人いないところで上手く回るものです。それが組織です。

(今までもそれほど仕事人生だったわけではありませんが、)
仕事しかしない日常ではなく、たまにはこうやって外部の刺激を受けるのもいいのでは、と思ってます。
平日の電車は乗客が少なくて、空いていていいですね。
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2017年01月21日

ドナルドトランプ大統領

ドナルド・トランプが第45代アメリカ合衆国大統領に就任しました。

反グローバリズムであったり米国第一主義であったり、保護主義であったり
世界が大混乱に陥る可能性もありますが、ダイナミックな政治経済的変化を生み出す可能性もあります。

大統領が変わったくらいで世界が滅びるような、人類はそんなに柔なものではないとは思いますが、
トランプ大統領の政治手腕が世界情勢にどのような影響を及ぼすのか、様子見ですね。

トランプ大統領は、実業家として何度か会社を倒産させ、
そしてそこから立て直してきたビジネスマンとしての手腕が評価されているようですが、
これが政治としてうまくいくのでしょうか。

国政は、株式会社のように経営難に陥れば社員をリストラしたり、会社を身売りしたりすれば、やり直しがききますが、
国は、社員=国民は殺すわけにも解雇するわけにもいかず、会社=国体もリセットするわけにはいかない。その国の歴史が始まってから連続しているものなので。
しかし、資本主義は、すべてを金に置き換えてしまい、社員を殺して、
自然資源が壊れてしまっても、歴史が断絶してしまっても
会社を維持して、利益が上がればそれでいい、
ということが第一目的となってしまい、倫理観などは2の次になってしまいます。

身近でわかりやすい例が、東日本大震災の福島第一発電所問題ですよね。
もしくは、水俣病事件、薬害エイズ事件、数えればきりがありませんが、
全ては企業の儲けが第一でそのために被った被害は自分は知らん、という姿勢を企業は取るわけで。
東京オリンピックの築地市場移転問題もこうなっていたかもしれないわけで
営利目的のビジネスと、国を存続させることが目的の政治とは
本来は目指すところが違うわけなので、ある程度は重なり合っていても切り離さねばならないことだと思うわけです。

そういうわけで、ビジネスでは成功したトランプ大統領の政策が
いい効果をもたらすのか、大混乱をもたらすのか、
これからの世界情勢から目が離せませんよね。
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2017年01月19日

地域リハ

今日は、訪問リハビリ中に利用者さんが夫婦喧嘩みたいになったのですが、
こういう時って対応に困りますよね。

どう答えていいのか、どちらかの肩を持つようなコメントを出してもよくないと思いますし、
治療にも集中できなくなりますし。

でも、それも含めての生活を見るということなのでしょうね。

今は、地域リハビリという立ち位置がそうさせているのかもしれませんが、
理学療法士という立場は手段でしかなくて、地域の人たちを見ている、という働き方をしている感じです。
基本動作とか生活動作とかそういうものも、もちろん見ますが、
QOLを上げるためもいろいろな関わりもします。

医療機関にいて、障害を持った患者さんがやってきて、治療をして、という流れではなく、
自分から出向いていくために、年単位でその人と関わっていくことになります。
服薬状況とか、生活状況とか、経済面とか、友人関係とか、リハが必要ならやるけども、
その人全体を見ていかなければならないのは、小さな地域施設ならではの面白みかもしれません。

リハビリテーションって幅広いな、と感じる今日この頃です。
posted by さとし at 18:33| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

ワクワク感

誰かと対話をしたり、何かを経験することで、
今まで自分が知らないことや経験したことがなかったことを感じることができる。
ワクワクする、これが、僕が行動を起こす基準だったりする。

かつてはこれが海外放浪だったり、●●(言えないこと)だったり、
読書は昔からそうだし、研究もそうだ。
一応、この仕事もそのような感覚があるから今の職場で続けている。

今やっているカポエイラも本当に面白い。
今まで自分が使ったことのない体の部位の使い方を知ったりとか、
向かい合って相手とやりあっているうちになんとも言えないいい気持ちになったりとか、

このような体験が続く限り、これらは、ずっとやめないのだろうなぁと思ったりする。
というわけでこれからも頑張ろう。
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2017年01月17日

「夢の叶え方を知っていますか? (朝日新書)」



夢の叶え方を知っていますか? (朝日新書)
と言う森博嗣さんの書いた本を読みました。
なかなか面白かったです。
僕もたまには目を通しますけど、ビジネス本や自己啓発本で
夢を叶えるとか、早期リタイヤとか、そんなことを書いている本よりよっぽど面白かったしためになりました。

僕も社会に出てから、いろんなコミュニティと接して見ましたし、
その中には、よくわからないコミュニティもありましたし、
僕も飲み会に顔を出していた人から突然後日会いたいと言われ「セミナーいきませんか」と勧誘されたりとか、
職場の後輩が退職する時に、労いで食事に誘ったらその場で「化粧品買いませんか」と言われたりとか、
今も、こんな自己啓発の熱に侵されて中二病のようになってる人が周りにもいますけど、
本当に残念だなぁと思うことが多々あるのですけど、
そう言う人達って、やっぱり真面目なんですよね。真面目と言うか純粋と言うか、
それで会社という組織にうまく溶け込めなかったりとか、
コミュニケーションがうまくできずに自分とその他社会のギャップに悩んでいたりとか。

そういう人達の弱みにつけこんで、人に雇われずに、不労所得で、自由にいきていくことができるとか、
ユートピアがあるというようなことを吹き込んで、やっていることはマルチとかネズミ講とかニュースキンとか
そういうものなわけです。同じような人たちが集まって、
「出会いに感謝」とか、「生まれてきてくれてありがとう」とか
テンション高くポジティブに生きるように半ば洗脳される、宗教みたいな感じですよね。

そういう類の人がいうばくっとした「夢」ではなくて、
そもそも、夢をどのようにみんな考えてるの?みたいなことを問いかけているわけです。この本は。

人々の言う「夢」も、
自分で実現できるものと他者頼みのものなのか(痩せたいとか宝くじに当選したいとか)
たくさんの人から承認されたいものなのか(結婚した、などSNSに投稿してたくさんの人からいいねをもらいたいものなのか)
そう言う風なものを厳しく吟味していてなかなか面白く感じました。

そして、僕は思いました。「夢」と「目標」の区別をなくしてはいけない。
そしてあまりこう言うことをはっきりと考えていない、意識していない人の方が
実は着実にやりたいことを実現しているのではないかと。

まあそんなことを感じた本でした。
posted by さとし at 18:04| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書・映画・芸術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月15日

「探検家40歳の事情」




僕は、毎日本屋に行くようにしているし、一般書ではあるが、読書量は他の人よりは多分多いほうだと思う。
その中で最近面白かった本がこれです。
角幡唯介氏の本はよく読むのだけれど、彼は僕と同い年の探検家なのだけれども、
探検が素晴らしいとか、自分は格好いいとかそんな描写ではなく、日々淡々とした思いを連ねているのだけれども、
その描写がユーモアに溢れててすごく面白い。
夏目漱石の初期の作品かと思うくらい読んでいて笑いがこみ上げてくるわけだが、本人はそれを淡々と綴っているだけという点も面白い。

探検中の失敗話や学生時代の回想。
学生時代の回想では、確かに学生時代はお金もなく、変わった人も多く、自分も変なことをしていた。
そんな思い出がどんどん出てくるが、大抵の人の学生生活はそのようなものだったのではないかと思う。

そんな昔懐かしい気持ちだとか、探検という僕ら一般人からしたら異世界に連れて行ってくれる、
そんな読んでいて楽しくなる本です。

おすすめです。
posted by さとし at 20:35| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書・映画・芸術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大雪

というわけで、今日は大阪に行って作成中の電子機器を作ろうかとか、
トレーニングをしようとかとか、いろいろと考えていたのだけれど、
結局雪がすごすぎて断念、というか、外出する気が無くなったので、今の今まで家にいました。
そして、その後なぜか市内中心部に出てきてこうやってお勉強などをしているわけです。

昨日は、バイクで稽古に向かっていたところスリップして転倒。
最徐行していたために怪我はしなかったものの、またウインカーが壊れてしまい、
あんまり無理しないで電車とかバスとか利用したほうがいいなぁと感じました。

明日、出勤できるのでしょうか。出勤に何分かかるのでしょうか。
そんなことを心配しながら、これから少しお勉強したあと市内で遊んできます。
posted by さとし at 20:14| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

独り言

今年は本厄の年でもあるのだけれど、比較的気持ちは軽い。
年末年始に色々と今後の計画やどうしていきたいか、などについて、
真面目に話し合う機会があって、それから気持ちがすごく楽になった。

やはり、人人との付き合いにおいて、対話というのは非常に大事なのだなぁと思う。
相手を信頼するのも、信頼しないのも、自分の勝手ではあるが、
人は一人で生きているのではないし、

辛いこととかしんどいことも、一人では乗り越えることができないことも
乗り越えられることがあるかもしれない。

今年からアクティブに動いていこうと思ったのはそのように、
支えてくれるという信頼があるからだ、というところもある。

今まで、少し自分一人で気負いすぎていたのかなと思ってしまった。
posted by さとし at 18:14| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月13日

診療所としてのリハビリテーション

職場に新しいセラピストが入職してきて、在宅分野希望なのだが、
訪問リハビリをやってもらうのに加えて、外来リハビリも経験してもらうことになった。

なんでそんなことをしてもらうと思ったかを喋っていたのだが、
話しながら自分で納得することもちょいちょいあった。
どういうことかというと、
訪問リハビリがしたい、とか外来リハビリがしたい、とか希望はあるけれども
それは地域の疾病を持った患者さんに携わるための手段であるということであって、
それ自体が目的化してはいけないということなのだ。

外来リハビリは、確かに機能訓練になるわけではあるけれども、
家から予約した時間に自分で歩いてくるということで、自律した生活が求められるし、
施設という小さな社会的な繋がりに関わらなければければならない。
そして、家の状況とか生活している地域がどのようなものかは分からないし
日常生活動作訓練を行ったとしても、それは想像の中でしかできない。
家で転倒したという人がいても、ダイレクトな解決策はなかなか提案できない。

一方、訪問リハビリは、利用者さんの生活そのものにアプローチができるわけだけれども、
利用者さんは外出する必要なく、家で待っていればセラピストが来てくれることになる。

制度上の色々なしがらみや決まりごともあるけれども
それだけでなく、上述のような違いがるわけで、使い分けていかないといけないなぁと感じた。

うちの施設が小さなクリニックであるのも関係あるかもしれないけれど、
基本は地域ありき、地域をどうするか、で考えていく必要があるなぁと感じた1日でした。
posted by さとし at 18:38| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

多忙かも

今日、いろいろとスケジュールを見ていて、
今年はいろいろと忙しくなりそうな年だと感じます。
まあ、忙しいとか慌ただしいとか感じるのは自分の意識の仕方次第だというのもあるでしょうけれど。

とりあえず全国学会の演題が採択されたのですが、
誤字脱字が非常に目立ち、もうすでに恥をかくことが決定してしまっていますが、
それも含めて頑張ってこようと思います。
自分の考えをまとめてみんなと意見交換を交わすいい機会なので。
自分の専門ではなく、職場での調査(地域リハ)で初めて演題を出しました。

時間は本当にあっという間なので悔いのないように。
今年特に意識していきたいことです。
すでに今月も半分終わりかけてますしね。
posted by さとし at 18:53| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする