2014年02月03日

論文採択までの道F

前ジャーナルに論文取り下げの連絡をして、
新たな雑誌に投稿した1週間後、

前ジャーナルから、なぜか査読結果の連絡が来ました。
取り下げたはずなのに、何故だ?、思いました。

文面から、出版社から僕のメールを受け取ったeditorが、
焦って結果を伝えてくれたと取れなくもないですが、
たぶん、編集者なりに誠意を示してくれたのか、
それとも雑誌ののイメージを落とさないための対策なのか・・・
それは置いといて。

editorからのメールはこんな感じでした。

「返事が遅くなったことを謝罪します。
このジャーナルのreviewerは2人ですが、
1人からは、未だに返事がない。
もう1人から今、ようやく返事が来た。
reviewerのコメントを踏まえて、
自分(編集長)も注意深く論文を読んで、acceptかrejectかどうしようか判断した」

って感じです。

で、結果はrejectでした(涙)。

確かに僕の論文も内容が不十分だったかもしれませんが、
reviewerからのコメントが、批評を通り越して、ののしりに近いものだったので
これは、やっぱり催促されて怒ってるのかな?とか思いました。
コメントがどうもちょっと。
欧米のウイットに富んだユーモアなんですかね?
とにかく滅多切りにされました。この時点で12月半ば。
博士の学位審査の申請締め切りは翌年(今年の)2月あたま。
どう考えても今年度は無理じゃないでしょうか。

これだけボコボコにされても、今さらやり直す時間もないし、とか思いながら、
もう覚悟を決めて年明けから実験を修正してデータを取り直す覚悟を決めました。

やっぱり、自分の論文のクオリティが高ければ、
雑誌問わずにacceptされるだろうし、
1年かけて色々投稿してきて、これだけrejectもらうってのは、やっぱり僕のレベルが足りないんだろうなぁ、
って思ったし、今までいろんなところでもらったコメントやフィードバックを基にして
もうもう一度実験をやり直した方がいいんだろうな、と思いました。
これからもずっと先の見えない希望を求めて、
安くない学費を払い続けて、
自分はいつになったら今のような生活が終わるのだろう?
とかも思いました。

そんなこんなで、年末にはオーストラリアに海外旅行にも行きましたが、
(年初めに前もって行くことを決めてチケットも取っていたものです)
自分のプランの中では、今頃には自分の論文は雑誌に掲載されていて、
自分へのご褒美のつもりで行くはずだったのですが、
あ〜あ、何もかも片づけて行きたかったな・・・、無理していくこともなかったな・・・、
とか思ってたものです。

しかし、年度中に大学院を修了することを何が何でもあきらめたくないと思っていましたが、
もう留年を覚悟すると、なんだか気持ちが楽になってきました。
もう、今までみたいに、毎日ウェブでstatusをチェックするのもやめて、
一旦忘れよう。気持ちを入れ替えて、またやり直そう、とか思ってました。

そんな気分だったのに、今年の年明け正月に送られてきた最期に雑誌に投稿した返事は、
なぜかMinor reviseだったのです。

しかもべた褒め。

コメントは
「この研究は面白い、実験も正確だ、何よりも本文が非常によく書かれている
あとは単語修正レベルを5項目ほどすれば、あなたの論文を雑誌に載せるためのスペースを作っておく」
みたいな感じの文章が2行だけでした。

嬉しいとか、そんな気持ちは全然なくて、ただ、信じられませんでした。
本当にちゃんと中身を読んだのか?この人は、みたいな感じです。

それから本日までまだ1か月程度ですが、
acceptに向けて、バタバタと色々動き出すのでした。
posted by さとし at 01:11| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月01日

論文採択までの道E

というわけで、いつ返事がくるか分からない雑誌を悶々と待つよりか、
その雑誌の投稿を取り下げて、他の雑誌に投稿しようかと考えだしました。

まあ、論文書き直したりごちゃごちゃする暇があれば、
実験を追加したりすればよかったんですけど、
レフェリーからのコメントもなく、実験を追加しても
また何か出てくるんじゃないかとか思ったりしてたので。

しかし、こういう場合、いろいろなシュミレーションをするわけです。
もし、新たな投稿先がダメだったなら、今の投稿先は変えない方がよかったと思うかもしれない・・・とか、
しかし、最後は勢いでした。
本当に、同時投稿したくなる気持ちを抑えて、投稿を取り下げ(withdrawといいます)ることをメールで出版社に伝えました。

内容はざっと以下の感じです。

「親愛なる○○。
大変申し訳ないけれども投稿を取り下げたいと思います。
ウェブ上にはジャーナルは大まかに3.5週で返事があると書かれていましたが、
もう7週間以上経つのにステータスはエディターで止まっている。
この雑誌の結果は学位審査に必要なので、時間がない。
したがってほかの雑誌に投稿することにします」

そして、次の雑誌に投稿しました。

ちなみに、同時投稿というのは、
複数のジャーナルに同時に投稿することです。
投稿して採択された論文の著作権は、その出版社のものになるので、
複数の雑誌に投稿するというのは倫理的に許されないこととなっています。
しかも、同時投稿や二重投稿をすれば、このご時世、
すぐにばれてしまい、研究の世界では非常によろしくないそうです。
雑誌によってはブラックリストに載ってしまい、以後投稿できなくなることもあるそうです。

次の雑誌は投稿2日後にすぐに突き返されてきました。
理由は、書類の不備があったためですが、
それを僕は焦って誤解して、返信メールの下の方に書かれていた
video abstractがなかったためだと勘違いしてしまいました。
英語がろくに喋れれないのにvideo abstractを作らないといけないのか?!

video abstractとは、レビュアーに投稿した論文に興味を持ってもらうために
実験内容を本人出演で3分程度で分かりやすく口頭で説明したり、
スライドを用いてプレゼンしたり、そういうものを動画として記録することです。

レビュアーが査読しようという気にならなければ、論文はいつまでたっても
読まれることなく世界中をふらふらとさまようことになるので、
内容をあらかじめ簡単に分かってもらうためのものです。

僕は、video abstractを作らなければならないと勘違いして焦ってしまい、
どうしようかと考えた末、国際交流会館に行きました。
国際交流会館とは、日本に来ている外国人が情報交換をしに集まる場所で、たくさんの
情報交換に関する掲示物があります。
掲示板に貼り出されていた英会話プライベートレッスンに片っ端から電話して、
誰か、今日中にvideo abstractを一緒に作ってくれないかということを頼みました。

そして、やっと一人の先生を見つけ、
僕のプレゼンの内容をチェックしてもらい、発音を教えてもらい、
自分でスライドと一緒に記録して、再度投稿しました。

しかし、その後でただの書類の不備だったと気づきました。
結果的にはこの雑誌に採択されたのですが、
もしかしたら、このvideo abstractのおかげかもしれません。
posted by さとし at 13:52| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月31日

論文採択までの道D

なかなか返事がこない雑誌について、
催促メールを送るかどうかをボスに相談すると、
「普通、査読の締め切りは6週間だから6週間待とう。
6週間待って返事がなければ催促メールを出そう」ということでした。

しかし、6週間待っても依然、statusはeditorのまま。
査読者がまだ見つかっていないのか?
仮に今から査読者に渡ってもそこから査読を始めたら
早くても1か月くらいかかるんじゃないか?
と気持ちばかりが焦ります。

そんな間にもネットを使って新しい投稿先を色々と探していました。

面白いもので、最近はオープンアクセス(Open Access:OA)誌というものがあります。
今後、論文の主流になるのではないかと言われています。

これは、オンライン上でやり取りをするから、普通の雑誌よりも結果が分かるのが速いというメリットがあるそうです。
また、紙を使わずにウェブ上に掲載されるので製本などの時間短縮ができ、
世に出るスピードも速くなると。。

ただし、「読みたい人が自由に読めるように」という名目で、
掲載に数万円〜数十万円の費用を著者が負担しなければならないというシステムを取っているのもあります。

また、歴史が浅いために、まだIFがついていない雑誌も多く、
中には雑誌を存続させるために、「査読付き」という名目を謳っていても、2週間ほどですぐにacceptという雑誌もあるそうです。つまり、質は置いといて論文を量産しましょうという感じです。


ネットで調べていて驚いたのは、ベン●ムという会社の一部のジャーナルは、
ある人が、架空の研究所からでたらめな内容の論文を書いて投稿してみたところ、
何の修正も要求されずにacceptされてしまったという、非常にヤバいジャーナルだそうです。

参考サイト

http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20090613/1244915185


本当にどこにもacceptされなかった場合、最悪ここに投稿しようかとか少し狙っていたので、
それを知った時、どうしようと思いました。。。どうしようっていうのは、アレですよ。
滑り止めをどこにしようって悩みですが、、、。

このジャーナルは、僕がメールで問い合わせて以来、
毎月投稿以来のメール来るようになりました。
大丈夫でしょうか?ほいほい投稿したらえらいことになるのでは・・・・。
しかし、IFはまだついていないようですが、Pubmed登録されつつあるようです。
クオリティを上げようと頑張ってるんでしょうかね。

そのほかにも、インドのジャーナルとか、エジプトのジャーナルとか、ポーランドの雑誌とか、
色々当たっては編集長にメールを送って、
自分の研究と雑誌の目的は一致しているか、
投稿から結果までどのくらいかかるか、を聞いて回っていました。
そして、比較的早くdecisionされるジャーナルは、
投稿規定に合わせて、すべてすぐに投稿できる準備をしていました。
そうして自分の不安感を紛らわせていました。

しかし、本当に世界にはいろいろ雑誌があるわけで、何とかなるもんだ、と少し安心した自分もいました。

しかしながら、僕の通う大学院では査読付きならなんでもよいわけでなくて、
Pubmed掲載が絶対条件だったので、やはり甘い考えは良くないと、
Pubmed Central(それなりに実績のある雑誌を集めてたサイト)から、雑誌を逆引きして調べたりもしました。


そんなこんなしている間も、まったく投稿した雑誌のstatusは変化なし。
投稿から6週間経過したので、出版社にメールで「穏やかに」尋ねてみました。

「穏やかに」とは、
やんわりと、出版社を味方につけて、編集長の背中をたたいてもらえるような
文面ということです。
あんまり、催促すると印象が悪くなって、rejectを喰らいやすいとも言われているので、
謙虚に、しかしさりげなく様子を伺うような文面を
色々調べて作ってみました。

要約すると
「親愛なる●●。
私は●●という論文を投稿しました。
6週間経過しましたが、
今現在、投稿した雑誌について何にも変化がありません。
私は今の状況を少し心配しています」

という感じです。

すると返事が2日後に来て、

「親愛なる●●。
何も心配いりません。
普通は4か月くらいかかります。
さらに、いろいろな事情によってさらに遅れることもあります。
私が調べたところ、現在のあなたのstatusはeditorで止まっています。」
そのうち編集長からの連絡がくるだろう」
とかいうことが淡々と(悠長に???)描かれていました。

4か月って!
3.5週じゃないんか??
そんなのを待っていては間に合わない。
普通の雑誌よりも長いのではないか?

これは投稿を取り下げてほかの雑誌に変えた方がよいのではないかと考えだしました。
posted by さとし at 21:58| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

論文採択までの道C

ちなみに、前回の2回目rejectの雑誌では僕の用いた解析方法について
「これはおかしいと」、メッタ切りにされましたが、
よくよく見なおしてみると、解析手法を変更することで
何とか実験をはじめからやり直さずに、結果を出せそうだということに気づきました。

ということで、解析からdiscussionをやりなおし、書き直しをして他の雑誌に再投稿へ。

ネットで「neuro」「brain」などの検索キーワードでしまくり、ひたすら雑誌を探しました。

ネットを見ていると世界中の大学院の研究室が、博士学位申請願いを出すにあたって、
投稿可能なジャーナルを一覧にしているものが拾うことができます。
そこから、ああ、こんな雑誌もあるのか、と勉強になります。
といってもほとんどが僕には手の届かないレベルのジャーナルなんですが・・・・。

そんなところにIF2台前半のある雑誌を見つけました。
雑誌の紹介には「first decisionまでの平均期間は3.5週間」と謳っており、速さが売りの雑誌です。
過去の論文に目を通しても、僕の研究と似ているようなものが多かったので、これでいこう!と。

discussion paperというページ数の多い論文とshort reportといういわゆる短報とどちらかを選択できたので、
迷わずshort reportを選択して書式をこの雑誌用に書き直して投稿しました。
short reportの方が返事も速いだろうとか、いわゆる「速報」なので深いdisucussionは必要ないだろう、とか考えました。
完全にネガティブな思考パターンですね。

投稿した時期からもし早く返事が来れば、11月の国際学会参加中に結果がわかる。
ということで気が気でありません。

今はほとんどの雑誌でネットを通じて投稿ができるようになっているのですが、
今、自分の論文が編集長(editor)のところにいるのか、レビュアーに渡ったのか、などの状態(status)をオンラインで確認することができます。

投稿したことのある人ならわかると思いますが、
結果が気が気でないので、ほぼ毎日そのサイトを開いてまだかまだかとやきもきしながら状態を確認するわけです。

僕はその間も投稿した雑誌に誤字や表記ミスがあったことに気付いたり、もっといい記述があったと思いなおしたりして、
何度も何度も雑誌を書き直していました。
くよくよしまくりです。

もはや病人レベルです。
精神状態も異常に興奮していて、睡眠時間とか毎日3時間くらいで目が覚めてしまうし、
変に胃酸が出てるんじゃないかと感じることもあるし。

しかし、なかなか返事がこない。statusはいつまでたってもeditorから動かない。

時期が時期だけに(10〜11月)、外国ではサンクスギビング・デイもあるし、クリスマスもあるし、
みんな仕事休んで、論文のこと忘れてるんじゃないだろうか?
でもこっちは学位がかかってるんだし、催促した方がいいんじゃないか、とか、
いろんなことを考えながらひたすら待つわけです。

しかし、この論文査読はみんなボランティアで仕事の片手間にやるわけだし、
催促メールを出すとrejectを食らいやすくなるとか言っている人もいます。

そんなこんなで、とうとう国際学会で1週間過ごしている間に返事の連絡はありませんでした。

大丈夫か?!
posted by さとし at 19:57| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月29日

論文採択までの道B

2本目の論文は、30項目程度の修正を指摘されており、
これを修正すればacceptとばかりに
全身全霊をかけて修正しましたが、1か月後に返ってきた返事はrejectでした。
1回目の返事では「がんばれよ」という感じの好意的な内容でしたが、
2回目の返事は、僕が使用した脳機能イメージング装置の手続きや解析方法についての指摘が容赦なくされていました。

誤字脱字の修正がほとんどなので、僕の論文はminor riviseだと勝手に思っていましたが、
そうではなくて論文に誤字脱字が多すぎて、reviewerが優しく正しているように指摘してくれていたのでした。
この時点でもう9月も後半に差し掛かかっており、僕は11月に開催される国際学会に
自分の名前の載った論文を持って行って、プレゼンした後に聞いてくれた人に渡そう、
とか勝手に思っていたのですが、
もうそれは無理だろう、ということで。

revise修正を提出した時点で自分自身もうやりきった感があったので、rejectの精神的ダメージが半端なく、
鬱の人ってこういう心理状態なのかな、と思いました。

しかし、何とか雑誌に掲載されなければ大学院を出られないので、
他の返事が速そうな雑誌をネットのあらゆるサイトを検索し、IF1台前半の雑誌を探し、投稿しました。
この雑誌には、Fast Track Serviseというサービスがあり、
普通に投稿するよりも結果が速く帰ってくる(2週間!!)代わりに、
論文が掲載されたときにに投稿者がおそらく1か月分の給料かそれ以上の
結構な額のお金を払わなければならないというサービスです。

しかし、背に腹は代えられず、自分が留年したときの学費と、このFast Track serviseの金額を量りにかけて、
このサービスを利用することに決定。
しかし、3日でrejectの連絡がきました。
いわゆるeditor's kickで、雑誌に僕の論文のテーマはふさわしくないとのことでした。
お金がかからずに済みほっとした反面、次の投稿先を探さなければならなくなりました。

この時点でもう10月半ば。
もう投稿雑誌の持ちネタも足りなくなってきたので、ネットを使ってひたすら
雑誌を調べる作業を繰り返すようになりました。

そして、もし仮にrejectになったとしても、他の雑誌に素早く投稿できるように
毎日毎日色々な雑誌の投稿規定に合わせたファイル形式を何種類も作成してました。
posted by さとし at 20:28| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月28日

論文採択までの道A

昨年の春、手始めにIF2前半の神経科学系の某短報雑誌に投稿しました。


1か月ほどで返事があり、一発reject。
reviewerは2人ですが、2人とも5行ほどの短い文で簡潔なコメント。
内容を読むと、どうも「英語がおかしい」ということが書かれていました。

英文校正にかけたのですが、校正は校正であって校閲ではない。
ただ、英文を正しくするだけでは僕の論文は伝わらないんだろうなと。

校正は普通はお金を払って業者に依頼します。
だいたい、論文一本で5~6万円程度でしょうか。

これはいけないと思い、
もうすこし細かく論文全体の流れも指摘してくれる
一つランクが上の校正に依頼しなおして、
他の雑誌に投稿しました。
これもIF2前半です。
日本の組織が発行している英文雑誌です。

一部では日本人発英文雑誌は、諸外国の国際雑誌に通らなかった人が投稿する
救済雑誌だとかいう話もあるそうですが、その辺が本当かどうかは定かではありません。

そして、この雑誌は、投稿してから約1か月後になんとreviseが返ってきました。
2人のreviwerによる30項目ほどの指摘。
しかし、内容は僕の論文の誤字脱字関係の指摘が多く、
論文の流れ自体を否定しているわけではないので
これはminor reviseでは・・・・、
これは通るんじゃないだろうか思いました。
実際はminor reviseでもなんでもなく再投稿後rejectくらいましたが・・・・。
posted by さとし at 18:50| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月27日

論文採択までの道@

論文の悪戦苦闘記を書く前に、簡単に論文投稿の流れについて説明しておきます。

雑誌をsubmit(投稿)すると、出版社からeditor(編集長)に送られます。
そして、その論文が雑誌の内容にふさわしいテーマ化どうかをチェックします。
ふさわしくない場合は、

「この内容は、journalには掲載できません。ほかの雑誌を当たってくれ」
という返事がきます。

いわゆるeditor's kickというやつです。

速い雑誌なら投稿してから2〜3日でこの返事がきます。
editor's kickならダメはダメでも仕方がないかと
納得できますし、それほどダメージは受けません。
早ければ早いほど、また次の新たな雑誌を探す時間もあるわけで。
若干凹みながらも、「早い返事どうもありがとう」と思うわけです。

しかし、editor's kickも1か月ほどかかる雑誌もあるそうです。
それなら早く言ってくれ!という投稿者の声が聞こえてきそうです。

ふさわしいと判断された論文は、reviewer(査読者)に送られます。
reviewerとは、似たような研究をやっている同業者のことです。
国際論文では、世界中にいるこの同業者たちに、メールを送り
abstract(抄録)を見せて、「この論文を査読したいものはいるか?」とreviewerを募るわけです。

この同業者によって論文をチェックする仕組みを
peer-review(ピアレビュー)といいます。
独りよがりな内容になったり、勘違い的な論文にならないようにするわけです。

国内雑誌では仕組みが違うようでどちらかというと初めから査読者は決まっているようです。

そして、査読者は、投稿されてきた論文を読んで、引用文献を調べて、
論文の論理展開に矛盾はないか、内容に新規性があるか、実験手続きは適切か、

などを評価します。

その評価に基づいて、編集長が掲載すべきかどうかを判断するわけですが、
判断については、大まかに下の4つに分けられます。

1:reject この論文はダメ。うちでは載せられない。ほかを当たってね。

2:major revise 大きな修正が必要(実験の追加、修正や文章の書き直しなど)。問題ありだけど、直してくれたら掲載するよ。

3:minor revise ほとんどオッケーだけどちょっとだけ手を加えてね(誤字・脱字や図の修正など)。

4:accept あなたの論文は雑誌に載せてもいいよ。投稿してくれてありがとう。

というような感じです。

acceptに一発でなることは奇跡に近く、ほとんどの場合は
なんどもreiewerとのやり取りを繰り返しながら論文を仕上げていくわけです。

major reviseになっても、実験やり直しとか書かれた日には、膨大な時間がかかるし、
仮に実験をやり直して、論文を書き直して投稿したとしてもそれでオッケーになるとは限りません。

研究者たちはある期間までにacceptされた論文が一定数必要な場合もあるわけで、
残された時間とreviewer達とのやりとりなどで、プレッシャーが半端なく、
言いようのないストレスを感じるわけで(笑)。
心臓に悪いですね。本当に。

reviewerのコメントは、かなり厳しいものが多く、
なんか、自分の論文が否定されてしまうようなものも普通にあります。
reject、major reviseでは当然のようにコメントでボコボコにされます。
そんなコメントをもらった時の気持ちを例えると、
勇気を振り絞って大好きだった人に告白したときに
「私はむしろあなたのことが嫌いだ」と言われてしまうような
人格すら否定されてしまった気になります。

僕は2回目のrejectの後は、文字通り3日間寝込みました。
精神的ダメージで体が動かなくなりました。
金曜日の夜中とかに連絡来るのやめてほしいです(笑)。
posted by さとし at 19:57| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月26日

ゼミ合宿

この土日と、大学院ゼミの研究室の合宿に参加しました。

みんなのプレゼンを聞いたり、飲みながら話したりしました。
みんな頭がキレて本当にすごいと感じました。

研究的シンキングというか、考え方がしっかりと出来ていて、
僕自身の視野の狭さも感じたし、
一人では絶対に気付かない事とかも共有できて、本当に意義がある2日だったと感じました。

まだ終わってませんけど。
飲み会の中で、僕はこれからどうするのかという話題も上がりました。

僕は本当に白紙です、
ただ、臨床で色々思うところがあって
大学院に入学してからは、

別に何を目的とするわけでもなく、
ただ、研究していると刺激になるからとか、
面白いからとか、それだけで続けてきたので、
向き不向きからいえば、正直自分には向いていないかもしれません。

あまり、学歴をつけて何かしたろうかっていう気もありません。
どちらかというと、好きなように生きたいような気持なので、
そんなライフスタイルをもてればいいなと今まで過ごしてきたわけで。

ある人が言っていたように、
口もうまくなく、要領悪い僕には、研究職も確かに選択肢の一つだとは感じます。
臨床重視か、研究重視か、それともそれ以外のことを重視するのか、
少し、落ち着いて考えてみようと思っています。

とりあえず楽しい2日間でした。0
posted by さとし at 22:00| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月24日

近況+論文アクセプト

大分久しぶりのブログです。
なぜ更新しなかったかというと、
採択されるだろうと思っていた論文がrejectされて、心が折れそうになってしまい
はたして、僕は偉そうにうんちくを垂れていてもいいのだろうかと思ったからです。
偉そうに物を語る前に自分を何とかしろ、と。

その上、論文投稿をした人なら分かると思いますが、rejectをくらった時のダメージは相当なものです。
文字通り3日間寝込んでしまい、そののち、しばらく鬱状態みたいになってしまいました。。。(笑)。

さらに、僕は小心者なので、投稿中は、webページで今自分の論文がどうなっているのか、が気がかりで、
半日おきに状態をチェックしたりと、心臓に本当に悪いです。

でもまあ、先日やっと論文もacceptされて大学院も出口が見えてきたので
改めてブログを書こうという気になってきました。

思い起こせばこの1年、意外と笑いあり涙ありの論文acceptまでの道だったので、
何シリーズかに分けて苦労話をブログにアップしようと思ってます。

なぜなら、僕自身、論文投稿中は、気持ちを落ち着かせるために、
あらゆる投稿論文のreject、rivisionに関するネット検索をしまくって、どうなるんだろう?と
情報を求めたからです。誰かの役に立つかなぁ〜と思ったりして。。

正直言うと確かに論文が採択されたのはうれしいです
研究は結構つらいこと苦しいこともあり、
心折れて、もうやめたい!と思ったころに、なぜかこういう
成功報酬がいいタイミングで出てきます。
この快感を知るとやめられなくなりますね。

でもまあ、
査読付き論文のacceptが博士学位申請の条件で、条件を達成できたのはうれしいですが、
博士の学位といってもハードルの高いものから低いものまで様々だし、
学部によってはif3以上の論文を3本とか、難易度高いものもあるし。
僕自身レベルからみても、とても達成感など感じられません。やりきった感もありません。
本当にまだまだです。

しかも、リハビリ業界の人は、なぜか勉強大好き、自己研鑽大好きな人が多いので
修士・博士の学位も近い将来当たり前になるかもしれません。

そういうわけで、いい気になりようがないわけで、
次、やりたいこともありすぎるので、少しずつ進めていきたいと思っています。

とりあえずブログ復活します!
posted by さとし at 21:12| 京都 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月19日

能力って?

今日は仕事の後、ひたすら大学院修士過程の時のデータを見直していました。
修士を修了してから、論文にして投稿したのですが、
速攻でreject(国内雑誌です)をくらい、しばらく現実と向き合うのが嫌で放置していました。

そうしているうちに、USBのデータがなぜか消えてしまい、もうおしまいだと思っていたのですが、、
先日部屋を掃除している時に、当時の実験の時の記録が色々と出てきたので、
改めて、大学の装置から生データを取り出し、解析をやり直しています。
何とか今月中に論文投稿まで持っていきたいと思っています。

修士論文を今、改めて見直すと、本当にひどい内容です。
背景もよく分かっていません。
解析の手続きが間違っています。そんなに有意差を出したいか?という感じです。
論文投稿にしても、投稿規定など読んでおらず、これで投稿したら当然rejectされるでしょう。

当時は自分自身、それすら分からなかった、という様です。
ということは、この2〜3年で自分なりに進歩はしているのかもしれません。
今いろいろと修正すればそれなりに形になるかもしれません。

ということで、最近、昔の自分を振り返って
進歩していると感じることがあります。

昔は、例えば、スポーツをするには運動神経のいい人の方がいいだろうし、
研究をするには、数字に強い人の方がいいだろう、と
人に向き・不向きがあると思っていたのですが

オリンピックやノーベル賞とか、
上に上にといけばそうなのかもしれませんが、
僕がやってるレベルであれば、
とにかくやること、そして続けることで、
ある程度はできるようになるというふうに感じます。

昔は運動神経がまったくなかったのに今カポエイラという武道を続けていたり、
数学が全くできなかったのに研究を続けていたり、
(今もとても褒められたもんじゃありませんけど)、
ついでに、対人関係が苦手だったのに理学療法士やってたりと。


それは、センスというよりか、積み重ねの方が大きい気がします。
となれば、人の能力っていったい何なのでしょう。

続けることも能力の一つなのですかね?
posted by さとし at 02:29| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

消耗

今日はとても天気がよく、
そういえば、月曜日まで連休なのだったぁと今思いました。

今日は、午前中仕事、夜はカポエイラで
それまでの時間、読書をしたり論文を読んだりして過ごす予定で、
行きつけの自習用カフェにインしました(笑)。

今日も仕事であらぬストレスにさらされたのですが、
この職場は本当に大丈夫なのかと心配になります。

他部署の上の人と相談して決めたルールを
なぜ下の人は誰も知らないのか。
なぜ伝達していないのか。
なぜ伝わっていないのか。

今日は、患者さんへの対応について
そうなっている、いや聞いていないで、
くいちがいがまた生じました。

普通に考えて、他の部署とのやりとりは
ヒラやバイトではなくて役職のある人とするものですが、
そこでの取り決まった事項を下の者が誰も知らないとか意味が分からないし、
部署の違う僕が、他部署のメンバーに
逐一確認するのもおかしな話で
そこまでする必要も常識で考えてないと思うわけです。

このような状況はここ数年で何回も繰り返されているのに改善しようとしない、
いつか、重大な事故に発展するような気がして心配で仕方ありません。
そんな時にも誰が責任を取るのかとか考えても、
職場の体質上誰もとらないような気がします。

・・・・と、ここまではただの仕事の愚痴のようなものなのですが、
僕も職場のスタッフなので、放置するわけにいかず、
改善するためにアクションを起こさなければならないのです。
僕も第三者からみれば当事者なので。

もちろん、今まで通り運営委員会でも問題提起をしないといけませんし、
いろいろな人が注意を向けられるようなことを考えていくつもりではあります。

多分、立場上で決まったことをやるだけなら、だれでもできるし、
社会人として求められるのはプラスアルファの結果を出す能力なのでしょうね。
そんなことを僕とかは求められてるのでしょうか。
と、自分に言い聞かせる意味でも。

こんなことで神経をすり減らすことが面倒くさくてしょうがないです。
患者さんをどうするかとか、リハビリをどうするかとか、
そういうことに頭を使いたいと切実に思うわけですが、

なんというか、仕事に対する向き合い方についての
個人の温度差を自分も含めて感じる今日この頃なのです。
(決して僕もやる気が高いわけではないですけどね)
posted by さとし at 14:34| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月13日

最近の臨床

今日もなかなかの気温で
訪問リハビリから帰ってくると、疲労がどっと出ました。
暑さは体力を消耗します。

訪問リハビリも、利用者さんとの関わり方に少し悩んだ時期もありましたが、
自己修正することで少しずつ分かってきた気がします。

当たり前のことですが、
利用者さんや家族さんの目線で関わる、という事ですね。
あとは、利用者さんや家族さんのペースで関わるという事です。

病院などでのリハビリでは、特に外来などでは、
結果をすぐに出すことを求められるし、
そのために色々と身体機能のアプローチを考えるわけですが、
その病院などでのアプローチも、
結果を出すことを焦ってはいけないと最近感じています。
多少厳しいことをいうこともあるし、指導とかもします。

訪問リハビリなどではなおさらで、
リハビリがかかわることができる時間は
ごくわずかであるということを分かって、
難しいこともせずに、欲張らずに
利用者さんに寄り添うような関わりが大事なのだと感じます。

あとは、家にお邪魔させていただいている、
関わらせていただいている、という謙虚な姿勢ですね。
仕事をしているという態度を見せてはいけないと感じます。

病院や外来とは少し立場が変わるので
そのあたりも気を付けなければいけませんね。

自分の態度を少し変えるだけで相手の態度もすごく変わったりしますし、
社会的かかわりの重要性も身に染みて感じたりしているわけでが、
そのような事を最近考えなています。

外来のリハビリも、一人で回すようになってから
バタバタとしていて、それでも切り盛りする楽しさもあれば、
患者さんをよくする楽しさもあるし、
自分でシステムを作っていく楽しさもあります。

しかし、セラピストであれば自分でなくても替えの利く仕事、
をしている自分に、このままでいいのかなぁと考えることもあります。

組織の一員として働いている以上、どこで何をしようがそうであるかもしれませんが。
前職場でも何年も仕事を続けながら同じことを考えていました。
自分が元気で動くことができるだろう時間があと20年ほどだと考えて、
自分の身の振り方を考える今日この頃でもあります。
でも、目の前のことをしっかりとやることの積み重ねも大事ですよね。
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2013年09月06日

論文再投稿そのA

本日、最終チェックを行った後で
リバイス原稿を再投稿しました。

ただ、再投稿するだけだと思っていたら、
ネットでの投稿の仕方がよく分からず、
しかも慎重に手続きをしていたら、3時間以上もかかってしましました。
そしてただ今、朝四時過ぎです。

これで、あとは結果を待つまで少し余裕ができます。
溜めている論文を読んだり、データ解析をしたりして過ごす予定です。

明日起きられるやろうか?
posted by さとし at 04:10| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月30日

論文再投稿

今日は、職場の方は夏休み休暇をとっていたのですが、

投稿前にリバイス論文の確認をBOSSにしてもらうために、大学院に向かいました。
とりあえず投稿してみようということで、結果はどうなるか。
校正を再度かけた後なので来週くらいになりますかね。
結果が楽しみです。

今年も秋にサンディエゴで開催されるSociety for Neuroscienceに参加するのですが、
いっぱしの研究者のように、
演題発表で、自分の研究をプレゼンした後で、
「あ、この発表が書いてある論文です。よかったら読んでくださいね」
とさりげなく自分の原著をオーディエンスに渡すことができるように、

何とか11月までにはacceptされたい・・・・。
自分の身の振り方次第では、今年が最後となるかもしれない学会なので。

自分が変なだけかもしれないですけど、
研究とか、いつも帰宅してから
夜中の3時までを研究時間に当てていて、
論文とか読んだり書いたりしてますけど、
全然つらくなくて、こういうふうに、
ある程度順調にいってることに対して、何か物足りなさを感じてしまいます。
まあ、研究自体、自分でハードルを下げているかもしれませんが・・・。

修士の時もそうでした。
BOSSからは2年間、さんざん怒られて、何度も心が折れそうになりましたが
(今となっては、そら怒られるやろという感じですが)、
その一方で、意外と、研究の楽しさを感じている自分もいて、
怒られたことを修正すればもっと楽しくなるに違いない、などと考え、
さらに、その年のSociety for Neuroscienceで初めて国際学会を経験して、
世界の広さに衝撃を受けて、
帰りの飛行機でたまたま隣り合わせた他大学の先生に熱い言葉をもらって、
「来年この学会で会おう」とか言っていただいたので、
勢いで博士に進む事を決めたわけです。

でも、まだ物足りない自分がいますよね。

今日は図書館でまた論文をいくつか落としてきたので、
今後余裕が少しはできるだろうから、読み進めていきたいです。
最近の僕の興味はラバーハンド錯覚ですね。

それから、またカポエイラの道場に行って稽古して、
帰宅しました。

明日は朝からプチ旅行に行きます。
そして、寝る前に、論文を書き直ししないと。。。。。
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2013年08月13日

答えより思考、結果よりプロセス。

とりあえず、今、やっとrevisionの修正が終わったので、明日再チェックして校閲にかけます。
こうやって、いろいろと書き直している間に知らなかった論文にも触れることができるし、
無駄ではないのだなぁ、という印象です。

いや、こういう思考錯誤を繰り返すことで知らず知らずのうちに成長していくのかもしれませんね。

再投稿は不安半分、期待半分ですが、正直論文掲載されなくてもいいかなぁというもう一人の自分もいます。
acceptは、一つの結果の現れであって、プロセスの方が楽しいなぁ〜、とかも思うわけです。

なんにせよ、早く明日の一人研究タイムが来てほしいです・・・・。

さてさて、臨床の方も、ここ最近忙しくなってきて、
新規のオーダーも増えてきて、一人でどのようにして外来を回していくか、
どのようにして限られた時間の中で効果を上げていくかを試行錯誤していますが、
結構疲れるんですけど、精神的には充実感はありますね。

どこかの本に書いていましたけれど、人はある程度の裁量権や自由を与えられているほうが、
仕事のパフォーマンスは上がるんですね。

マクドナルドなどでは、人を機械のように時間刻みにして管理して、
徹底的にシステムを効率化していますが、
利益が上がる代わりに精神的に壊れてしまう従業員が多いとのことです。

今のところ、僕にはそれはないかもしれませんね。
管理業務が中心になってきて、臨床が薄くなっているという現実もありますし、
そのモヤモヤ感が自分をどういう風に導いていくのかは今のところ分かりませんが、
今やるべきことも大切なことだと感じています。
それに、仕事のスキルを身につけることが、結果的に今後の自分にも有益だと思いますし。

人生刺激を求めて何ぼだと思います。
ここ最近再会した、何人かの旧友と接していてもそれは感じます。
自分自身の生き方との向き合い方が見事にその人そのものとして現れる年になっています。

さてさて、明日もがんばりましょう。
おやすみなさい〜。
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2013年07月19日

研究室ミーティング

昨日は研究室のミーティングでした。

姿勢制御と脊損の疼痛についての研究紹介。

いつものように終電になりましたが、
毎度のことながら本当に刺激を受けました。

疼痛関係は聞いていてやはり面白いです。
自分も含めて、研究をしていくと、
当たり前だと考えられている臨床が
どんどん変わっていく可能性を秘めていると感じます。

こういう流れを業界の中でも普通にしていきたいなぁ〜と思います。
アメリカやオーストラリアでは理学療法士は最低でも
大学院修士を終了しなければアシスタント止まりだし、
僕もそうですが、博士課程のメンバーは
みんな民間の施設に勤務しながら研究をしています。
これがごく普通のリハビリに対する向き合い方だと僕は思っていますし、
世の中の流れの中でも標準になればいいのにと思います。

僕が前の職場にいた時は、前職場の上司から、
働きながら大学院に行くなんて、お前は本当に分かってんのか?
と言われたこともありますし、
私らは臨床するけどあなたは研究するのね、別の世界にいくのね、
みないなことも言われましたけど、

なんか僕は腑に落ちなかったんですよね。
研究がっつりやって、新しい知見を臨床家に
発信する、というのも一つのやり方だと思いますけど、
自分がやりたいなら臨床して、研究して、論文書いて発信して、って
全部自分でやってもいいと思うんですよね。
中途半端といわれようが、言われないくらいのものを自分ですればいいだけのことで。
この人らは年は取ってるけど、何か、自分の中で勝手に壁を作りながら生きてきたんだろうなぁ〜とか
感じたりしました。

今の職場は在宅中心ですが、在宅、訪リハ関係なく、
今の職場にいる限りは、
在宅で発信していけるようなレベルまで持っていきたいと思ってますし、
それに、自分の今やっている研究を深める、発展させることもしていきたい、
さらに、少したくらんでいるのですが、リハビリ難民の受け皿になるような活動もやっていきたい。

そんなことを考えているとわくわくしてくるのでありますが、
とりあえずは、今の論文を書き上げて、アクセプトにまで持っていかなければなりません。
とにかく淡々とやるだけです。

やはり人とおんなじ24時間365日過ごすわけだから、
過ごし方、刺激を受けることは大事です。
昨日はそんなことを感じました。
posted by さとし at 19:12| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月08日

revise

5月末に再投稿した国際論文のreviseが返ってきました。

合計で30項目に近い指摘を受けましたが、
これらを全て再検討して書き直し、速やかに投稿しようと思います。

今までrejectばかりだったので、reviseではありますが、少しホッとしました。
自分の中では少し前進した気持ちです。
研究者から見れば、レベルの低い喜びかもしれませんが・・・・。

今日は、大学に行って、参考になりそうな論文を落とし、そして、
今月末発表のポスターをプリントしてきました。

世間は祇園祭ですね。
薄着の女性がまぶしい日曜日でした。
posted by さとし at 02:29| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今月から外来任されてます。

今月に入ってから、職場の診療体制の変更に伴い、
外来リハビリ部門を任されてます。
立ち位置が変わらないと見えてこない問題もありますし、
意識も変わらない部分ってありますね。

何とか、うまく回せるようにしていきたいのと、
限られた資源の中でリハビリに付加価値をつけたいと思っています。

うちの職場の改善点もいくつかあるので、
いい方向に向くように自分から動いて背中を見せていければと思っています。

小さな職場なので、それぞれの部署ごとに内向きにならずに、
診療所全体の問題としてとらえられるように意識を高めること。

そして、新たな利用者のニードを見つけ出す事をしようと思っています。

ここ最近の職場の様子を観察していて感じていることです。

言われたことだけをしていれば給料が毎月入ってくるという意識を変えなければ
職場としては終わりだと思うので、
危機的状況ならその中でできることを探す、見つける、動く、
そういう事をしていくつもりです。

僕もそれなりの覚悟をもって臨みます。
定年まで波風立てずに働くことが目的じゃないんで。
posted by さとし at 02:23| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月09日

第2回日本訪問リハビリテーション協会学術大会in松本に参加して

昨日今日と第2回日本訪問リハビリテーション協会学術大会in松本に参加してきました。

僕の中では期待に反して、
非常に面白いというか、本当に学術的な内容の発表が多く、実りあるものとなりました。


前職場の時に参加したリハケア学会は、
学術的な要素というよりも
情報を提示して、フロアの人と
カンファレンスを行うというか、情報を共有するというか、
そのような印象があり、
この学会はどんなんだろうと思っていましたが、なかなか。
しっかりとした研究が多くておどろきました。
それに、転倒因子の評価方法(Fall efficiency assesment)とか、
生活空間の評価方法(life space assesment)とか
あるんですね。今回初めて知りました。

なぜか僕の発表に興味を持ってくれた発表者の方がおられて、
意見交換・連絡先交換をおこない、
共同研究に発展する可能性も出てきました。

フィールド調査になるのでどうしてもサンプル数の確保が必要となるわけで、
その方も、もしかしてそのための依頼だったかもしれませんが、
僕自身も調査研究の時に協力をお願いするかもしれませんし、
明日さっそく上司に掛け合ってみようと思っています。

これは、僕自身の考えですけれど、
どこの職場もある程度は外部に対してオープンでなければ
ならないと思うのです。

第三者からみられる、評価されるということが
自分たちを客観的に見つめなおし
襟を正し、質を上げるという方向に向かうと思うのです。

内助の功で、
自分たちは組織のために一生懸命頑張ってる、
というだけでは不十分だと思うし、
ハード面とソフト面と両方を行わなければならないと思います。
そして、できれば、業界をよくするための発信もしたいなぁ〜とも。

今回、僕が発表したことに対するフィードバックについて、
興味深かったのは、
うちの施設では、訪問リハビリを開始する前に、担当者会議を行って

「リハビリのゴールを明確に決めている」ということについてでした。
しっかりしていると、反響がありました。

普通に行われていることなので、どこでもそうだと思っていたら
そうではないのですね。

どこの組織も、いいところ悪いところありますが、
うちの組織はこのような地域型の医療・介護については
間違いなくしっかりしているし、外に胸を張って発信してもいいと思います。

その後、いろいろとスライドを見て回って、
機器展示ブースを回りました。

車のドライビングシュミレーションがあるのですね。

IMG_1230[1].JPG

http://www.honda.co.jp/simulator/safetynavi/

ちょうど、訪問の利用者さんに高次脳機能障害のある方がおられて、
日常生活は問題ないのですが車は運転できるのかと
どうしたらいいものかと思っている方がおられるのですが、

そのような方にこれは使えないだろうか?と思ったりしました。

まあ、シュミレーターと実際の運転は違いますし、
シュミレーターによってどこまで評価できるのかは明らかではないそうですが、
何もわからないよりかは、使った方がいいと思うのです。

身体機能は問題なくても高次脳機能障害の問題で
無条件に車はダメ、といわれている方はたくさんおられるでしょうし、
それらの方々には確かに希望の光となりそうな装置です。
リスキーでもありますが。

気になるお値段は、100万円。
うちの職場ではまず無理だろうし、
法人で買ってくれないでしょうか。

どっかに在宅リハビリセンターを設立して、
このように、高額で買えない機器を置いておいて
予約して評価や訓練に利用者さんが来るような設備は作れないでしょうか?

この装置で訓練をして、条件付きで(時速30qまで出せる車のみ運転可能、など)運転の許可が下りたり。
そのような制度的なインフラは作れないでしょうか?

などと、妄想が広がります。。。。。。


僕が最近少し探し求めている、
体重の重い人が車いすでスローブを昇降できる、ウインチの設置について、とか、
予測変換ができる意思伝達装置とか、
それ関係の業者さんがおられれば提案したりディスカッションしたいと思っていましたが、

残念ながら今回はおられませんでした。


今回もいろんな人と交流し、情報に触れることにより
僕もいろいろとまた新しい妄想が浮かんできました。

まずは、博士論文にめどをつけなければなりませんが、

新しい治療法の考案、
訪問リハについてのフィールド調査
あとは、リハビリ算定上限超えとなったいわいる「リハビリ難民」達を何とかできないのか。

やりたいことが増えてきます。
それらについて少しずつ進めていきたいと思いました。
posted by さとし at 18:48| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月08日

訪問リハビリテーション

訪問リハビリはなかなかディープな世界で

本人さんのADL(日常生活)やQOL(生活の質)の向上を目的とする事が多いのですが、
そのためには、利用者さんだけに目を向けていればよいわけではなくて、

家のつくりであったり、介助者、例えば利用者さんの妻であったり、
目に見えない生活という空間すべてにリハビリ職種としての視点で見なければなりません。

今日などは、利用者さんのことはもちろん、
その奥さんが認知症などあったり、転倒を繰り替えされているということで、
そちらも問題ではないかということで
奥さんにリハビリを提案し、ケアマネさんと話をしてきました。

訪問して、座って話をして、相談を聞いて終わりということもあります。

精神疾患や日常の生活に不満など抱えておられる人は、
話をするだけで終わることもあります。

人は環境や他者と関わり合い生きているわけだし、
情動に働きかけることも大切です。

過去に外来リハビリや病院での回復期病棟、療養病棟、一般病棟などを
経験した立場では、運動療法や動作訓練などをすることが
リハビリであるというバイアスがかかっていることもありますが、
在宅ではそうではないのだなぁというのが正直な気持ちです。
これがリハビリ?と思う事もありますが、
セラピストの視点でものを考えるという事が大切なのかもしれません。

その一方で、今までやってきたこと。
例えば呼吸理学療法の技術とか、
認知運動療法とかボバースとか、徒手療法とかを
多少かじったりしましたが、それらも間違いなく生かされています。

病院で働いていた時は、退院後の生活に向けて色々と提案なども
していましたが、病院の中からただいうだけと、
在宅に出向いて一緒に生活に関わるのとは
全然違います。
在宅は今困っていることに対して何かをしなければ本当に生活が成り立たないという
事がほとんどです。

今、学生さんが実習に来ていますが、
このような訪問リハビリでの臨床実習でどのようなことを感じているのでしょうか。
おそらく学生時代の僕ならキャパシティオーバーになっていたかもしれないと思います。
けれど、在宅では様々な要因のために正解はなく、
即自的に解決するケースも少なく、
僕の中でも答えがでない事もあり
学生さんには、「自分はこういうことで悩んでいる」、
と正直に話しながら見学してもらっていますが、
何かを感じていてくれればと思います。

この1週間なんだかバタバタした臨床でしたが、そんなことを考えました。
そしてこれらの問題意識を心に秘めつつ、明日から全国訪問リハビリテーション学会に参加してきます。
5時起きで長野に発ちます。
posted by さとし at 00:39| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする