2017年07月12日

火花 (文春文庫) 文庫  又吉 直樹 (著)



火花 (文春文庫) 文庫  又吉 直樹 (著)

ネタバレがあります。

今更感がありますが、読みました。
なんだか、又吉さんが芥川賞を受賞した時は、話題先行のような感じがしたので、
はなから読む気がしなかったのですが、ちょっと思い直して読んでみました。
その結果ですが、人生についてすごく考えさせられるものでした。

あらすじは、以下のような感じです。

お笑い芸人として売れることを夢見る若手の青春群像のようなものでした。

主人公の徳永は、「スパークス」というお笑いコンビを相方の山下と組んでいるが、
熱海の花火大会の漫才の営業で、たまたま「あほんだら」というお笑いコンビの神谷の漫才を目にします。
誰にも媚びずに、観客をどうやって笑わそうと考えるのではなくて、
自分が面白いと思うことをとことん追求する徳永の芸人としての姿勢に凄みを感じ、
弟子入りを志願します。
それから、二人は、頻繁に飲みに行ったり、会ったりして、漫才やお笑いとは?
と意見を交わします。

徳永は、公園で音楽をしているお兄ちゃんに突然絡んだり、
泣いている赤ん坊にすら、面白いと思うギャグを言って笑わせようとしたり、
奇行とも取れる行動を平気で行い、自分の人生それ自体をお笑い芸人として生きていこうと覚悟を決めています。
そして、感性のままに生きています。
漫才で客が笑わなければ、自分の面白さを理解できない客が悪いと豪語しています。

プライベートでも付き合っているかどうかも曖昧な女の部屋に転がり込んでヒモ同然の生活をしていて、
仕事もせずに、お笑いのことばかりを考えて追求しています。
後輩には先輩が奢らないといけないという持論のもと、徳永と飲む時は
消費者金融で借金をしてまで自分がお金を出しています。

一方で徳永は、生活するためにアルバイトなどをしていて、
どうしても周りの目を気にしてしまう。なので人生そのものが芸人である神谷を崇拝し、
心底面白いと感じているのでした。

しかし、徳永はわずかではありますが、テレビの深夜番組などに出るようになり、
徳永と神谷の立場は変化していきます。

徳永にとって、いつまでも自分の考えの及ばないことばかり考えていて欲しい、
雲の上の人であって欲しい神谷が、
あれほど他人の真似事をすることを否定していた神谷が、
徳永と同じ服装に髪型、髪の色に変えた時も、
徳永は、これは何か神谷なりの考えがあってのことなのだと自分にいいきかせます。

そして、徳永は、相方の山下が結婚を機にお笑いをやめることにしたのを機にコンビを解散します。
神谷は、借金が膨れ上がり、消息を絶ち、仕事に穴をあけた神谷は会社から干され、そして自己破産します。

そして1年後、神谷から突然、お笑いから足を洗った徳永に連絡が入るのです。



(ここからネタバレ)

「徳永以外に自分のことを笑ってくれる人がいなくなった」、いう神谷は、
徳永に、笑って欲しいと、Fカップにまで豊胸手術をした自分の体を見せるのです。
おっさんが巨乳だというシチュエーションが面白いと思ったという神谷に、
徳永は、泣きながら「こんなの面白くともなんともない」というラストシーンです。



人によっては、クライマックスは「スパークス」の解散ライブで今まで溜めて溜めて溜めてきた
自分たちの本心を観客や相方にぶちまけるというところが一番面白かったと思います。

僕の中では、やはり徳永と神谷の生き方を通じて、生きるとは何か、と考えずにいられなかったところが
評価できるところだと思います。衝撃のラストは、涙なしでは読めませんでした。
この小説ではお笑いを通して描かれているものですが、人生すべてにおいて共通するものだと思います。

一体、何が正しくて、何がいいんでしょうね。
神谷は、自分の人生を破滅させてしまうほどお笑いのことばかりを考えています。
徳永は神谷のお笑いの才能や自分には到底真似できない生き方に尊敬の念を抱いています。
しかし、徳永の他には神谷の理解者はおらず、
自分の信念を曲げず、いつまでたっても売れない神谷は、若手芸人たちから「逃げている」と言われます。
そして、誰からも評価されず、借金背負って、何もかも失ってしまい、未来も見えない人生であっても、
本人は幸せだと考えているわけです。

徳永は、神谷のことを尊敬しつつ、自分は観客を意識しつつ、こんなものは自分たちがやりたいお笑いではないと
思いつつも、わずかではありますが、そんなお笑いが評価されて売れるようになっていきます。

僕は残念ながら徳永です。常に逃げ道を探してから行動しているし、
好きなことがあっても人生を破滅させるまで没頭することはできません。
けれど、自分たちの周りでもいるわけです。自分の人生を打ち込んでまで何かに没頭できる人、する人は。

その一方で、妥協を許すことができず、自分の信念を曲げないので器用に生きる人ができずに、
その才能や実力を正当に評価されない人がいます。
そして、器用に立ち回れる人ほど周りからの評価が高かったりするわけです。
悲しいことですが。

神谷に自分が本当はなりたかった自分を投影し、
そして落ちぶれていく神谷に、本当はこういう人生も望んていたのかなぁと感じたり。
でも色々と守るものがあるために心にリミッターをかけている自分がいるんだろうな、と感じています。

なんにせよ、面白かったです。
芥川賞は純文学を評価するということで、心のドロドロしたものを考えさせてくれるものが多いですよね。
posted by さとし at 19:41| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書・映画・芸術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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