2017年05月09日

運は実力を超える (角川新書) 新書  植島 啓司 (著)



運は実力を超える (角川新書) 新書  植島 啓司 (著)

植島先生は、昔、某新聞の夕刊に何かコラムを連載していたのを覚えているのですが、
「赤信号で必ず立ち止まる必要はない。車が走っていなければ自分で判断して渡りなさい。
むしろ、決まりだからと立ち止まる方が良くない」というようなことを書かれていて、
当時僕は大学生だったと思いますが、一気にこの人のことを好きになった記憶があります。

そして、この本、多少意味不明な章(占星術)もありましたが、面白く読みました。
しかし、好き嫌いははっきり分かれる内容だと思います。
相変わらず常人にはない発想で、ギャンブルとは、という50年間ギャンブルを続けてきて感じた
ギャンブル道さながら熱く語っておられました。

印象に残った文章を抜粋(p118)。
「たとえば、学問の場合を考えてみよう。ものすごく時間をかけて調べて、さりげなく控えめの論文として発表する。
それが学者としてのダンディさだ。大量の書物を注文して、買い込み、必死で読む。金銭的には持ち出しであって、
一文の得にもならない。だが、それでいいのだ。それが学者の人生なのである。それに対して、本を書いたり、
講演したり、テレビに出たりするのは、お金が儲かるだけではなく、おまけに有名にもなってしまうが、
それはあまり幸福なこととは言えない。よくテレビに出たことがある人には経験あるはずだが、
出れば出るほど自分が空っぽになっていくのがわかる。自分を構成しているボンヤリとした輪郭まで奪われて、
なんとも情けない姿になってしまうのだ。(省略)それに対して、
毎日のように図書館にこもって調べものをしているときの充実感。自分がどんどん大きくなっているのが実感できる。
お金の出入りと精神の豊かさは、かように見事に反比例するのである。ギャンブルについても全く同じことが言える。
勝てば誰でも嬉しいし、負ければがっかりするしかし、賭けにはそれ以上のものが含まれている。
人間性を豊かにしてくれる。」

運は、ギャンブルをやり続けていて、快楽と悦楽の間に存在するものだと分かったと述べられていますが、
このように、人生は偶然の積み重ねでできているけれど、偶然をただ眺めていては何も見つからず。
普通の日常生活を送っている自分を常に裏切らねばならないと述べています。

なんにせよ。楽しく、刺激を受けながら生きる人生が結果的にいいのだろうな、とそう感じる本でした。
posted by さとし at 00:14| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読書・映画・芸術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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