2017年03月14日

ソーシャル疲れ?

かつては、ホームページとかブログとかフェイスブックとかが世に出てきたときは、
自分から情報を発信できる、とか嬉しくなってたし、
それなりに色々とみられることを意識したものを書いていた気がします。
知らない人とネットワークを作ることができる、とか、リアルな世界では知ることのない情報を得ることができるとか。

しかし、最近は本当にやらなくなりました。
やっているといっても、こうやって見られることを意識せずに、
毒にも薬にもならない内容で好きなことをつらつらと日記を書いたりとか、
実際、匿名ですし、何をアピールするわけでもなく。
まあ、分かる人には分かるかもしれませんが。
無駄に自分から情報発信したいと思わなくなりました。

なんなんでしょうね。
巷で言われているような、他人とつながり続けていて疲れる「ソーシャル疲れ」ってやつでしょうか?
いや、でもフェイスブックがこんなに流行る前は、
知らない人ともどんどん絡んでましたし、
今なら恥ずかしくて投稿できないようなことも投稿してました。
繋がることは嫌いじゃないんですけど。

やっぱり人口が増えすぎた、というのは大きな要因だと思います。
どんなメディアでもマイナーなうちが楽しく感じる傾向があるみたいで、
実際に多くの人とつながりすぎて、それが職場の上司だったり、年輩の人だったりすると、
あまり馬鹿できなくなってしまったから、ということがあると思います。
その辺LINEはうまくやってますよね。

あとは、投稿された情報に本当に有益な情報が皆無というところですかね。
ソースや発信源がわからないような、もしかして素人のライターが書いたかもしれない、
なんの根拠もない話がどんどん上がってきたりとか、
泣ける話、いい話とか、芸能人の話とか、裏の取れないような情報ばかりだったり。
変なネットワークビジネスみたいな胡散臭い商売の情報がどんどん上がってきたりとか。

新聞などよりも多くの情報があるはずなのに、
読めば読むほどアホになりそうな気がするんですよね。
かつては僕も情報発信者になれる、とか嬉々としたもんですが、
誰もが発信者になることができるということは、
ある一定の水準に達していない人でも
いっぱしに発信できるようになるということで。

ある意味、外見ではわからないその人の内面が見えてしまうということは
いやなサービスではありますね。
posted by さとし at 17:47| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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