2015年06月26日

ヒトのつながり

臨床にいると、色々な人と関わるわけで、
僕らはリハビリテーションサービスを提供するわけですが、それと引き換えにと言ってはなんですが、
利用者さんの生活に寄り添うわけで生活の評価をしたり本人さんの希望を聞いたりするわけです。
在宅に近ければ近いほどそれらの占める割合は強くなるわけで、

利用者さんと人間同士の付き合い(といっても基本的にはサービス時間だけの関わりですが)もあるわけですし、生活場面での素の姿を見ることもあるわけです。

若い人でも障害を負うという自分はしたことのない体験をされているわけですし、
年配の人でも自分の倍以上の人生を過ごして来られた方なのでそういう人たちの生活にお邪魔させてもらうのは
ちょっとした雑談の中にもすごく学ぶことが多かったりします。

精神病に関しても、躁状態であっても自分がやりたいことに関して突っ走れるのは
ある意味すごいことだと思うし、おそらく芸術家とか、世界を切り開いてきた人は
それだけ爆発的な周りの声を物ともせずに、命を削って作り上げてきたわけだし。
そもそも、芸術は普通の人が書いたお行儀のいい作品なんかは誰も見たくないだろうし、
多少壊れたような人の作った作品の方が人の本質を感じたり、魂を揺さぶられるものがあったりするわけです。

そういう人たちと関わっていると、健常とは何かとか、正常がいいことなのか、とか色々と考えてしまいます。

また、リハビリテーションとして、ヒトにとって本当に大切なことは、体を動くようにすることよりも(だけではなく)、体が動かなくても過ごせるような環境や人間関係の構築ではないかと思ったりするわけです。

最近はそういうことを考えされられる利用者さんと関わる機会が多いので、
ついつい書いてしまいました。
明日の晩からは四国に行きます。
posted by さとし at 03:01| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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