2015年04月20日

福岡旅行

この週末、博多に行ってきました。

オーストラリアにいた時期に仲の良かった友人と集まることになったので、いい機会なので近くに住む親戚にも会ってきました。。。

オーストラリア時代の友人と会うのはかれこれ10年以上ぶり、という人も入れば、
博多の親戚も5年ぶりぐらい、という感じで
懐かしい旅行になりました。

オーストラリアにはワーキングホリデーで滞在していたのですが、
僕は学生時代に休学して行きましたが、他の人たちは、
仕事を辞めてきたりとか、勉強しにきたりとかしていてすごいなぁ〜と思ってましたし、
海外に来るような人たちはどこか人と違った面白い感性を持っていたり、
目的意識があったりしてほとんど遊んでいただけでしたがそれは毎日が刺激的だったわけです。

そのころに「おじいさんおばあさんになっても会いたいね」とかみんなで冗談で言ってたわけですが、
ほんとうに、おじさんおばさんになってもこうやって会うことができるというのは、
やはり何かしら刺激を受けるからだと思います。
みんな、若い時にああだこうだやっていた時とは違うステージで生活を送っていて、
子供ができたり、仕事を変えようかと悩んだりしていて、
そもそもオーストラリアで出会ったときも違う世界にいる人たちがたまたま出会ったわけですが、
時間が経って会っても、みんなやはり違う人生を過ごしていて、それでも根幹は変わっていなくて
面白かったです。やはり相変わらずみんな刺激的でした。また会いたいし会う約束をしました。
この歳になると、時間が勿体無いのであってもつまらない人とは会いたくなくなります。
そういう意味で、普段の生活や仕事とは別の自分の中のいい経験となりました。
むかしバカなことばかりやっていたことを喋りながら思い出しました。

親戚も、祖母が施設に入っていたり、従兄弟が出産したり、子供が成長したりと時間が流れているのを感じました。
特に、施設に入っている祖母は、他界した母の親で、僕が物心つくころからよくしてくれた存在であったので、
そんな祖母が車椅子に乗って出てきた時には元気だったころを知っている分なんとも言えない気分になりました。
認知症も軽くあって耳も聞こえにくくなっていて、最初は僕のことが誰だかわからなかったりしたわけですが、

なぜか芯はしっかりしているところがあって、
父が送った年賀状を枕元に置いていてそれを握っていて、
喋っているうちにだんだんといろいろなことを思い出してきて、
ときおりはっとするような厳しいことをいうこともあり、襟が正される思いをしました。

母を亡くした父が独り者であることを気にかけているのか「さみしく過ごさないように友達を作りなさい」、とか
妻に対して「この子は優しくていい子だから大丈夫たい」と言った後に「ばあちゃんが言ったからにはこの言葉は重いよ」と言ったりとか、呆けているところどころで威厳を感じたりしました。

時間は待った無しです。いろいろとのんびりとしていられない、そう感じたこの2日間でした。
次会う時に、また自分が成長しておれるように日々過ごさないといけないと感じた今回の旅行でした。
posted by さとし at 03:06| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック