2015年03月03日

「ルワンダの祈り―内戦を生きのびた家族の物語 」「ダイヤモンドより平和がほしい―子ども兵士・ムリアの告白 」「もしも学校に行けたら―アフガニスタンの少女・マリアムの物語 」「エイズの村に生まれて―命をつなぐ16歳の母・ナターシャ 」

「ルワンダの祈り―内戦を生きのびた家族の物語 」後藤 健二:著


「ダイヤモンドより平和がほしい―子ども兵士・ムリアの告白 」後藤 健二:著


「もしも学校に行けたら―アフガニスタンの少女・マリアムの物語 」後藤 健二:著


「エイズの村に生まれて―命をつなぐ16歳の母・ナターシャ 」後藤 健二:著



いい機会だったので後藤健二さんの本を4冊一気読みしました。
テレビやマスコミなどでも紹介されていましたけど、
世界で起きている悲惨なリアルの中で生きる「普通の人」に焦点を当ててその場所の現状をルポしていました。

日本にいるとありえないような世界でも、未来に希望をもって生きている人たちにすごく生命を感じたというか、そんな感じがしました。

例えば、今まで女性は学校で勉強することを禁止されていたアフガニスタンで、
タリバン政権が崩壊し、30年続いた内戦が集結したので女性も学校に行けるようになり、
学校の先生になりたいという夢をもって勉強する少女とか。
この少女はアメリカの誤爆で家を失い、兄を亡くしています。
そして、勉強がしたいといっても物資不足でノートや鉛筆や教科書がもらえない、
挙句の果てに先生から一時は学校に来るなと言われる。
というか、親も先生も30年間も戦争が続いていたので学校がどういうものか分からない。
そんな中でも一人でずっと言葉を覚えるために勉強を続けるのです。

また、国全体が貧困で麻薬の回し打ちやコンドームなしの性交で、人口の9割がHIVに感染している村で、16歳で子供を産んだ少女の姿など。
彼女はHIVに感染しており、おそらく感染源になったであろう彼女の夫は妊娠を知ると国外に出稼ぎに出かけます。そしてエストニアはHIVに対する医療設備が整っていないので彼女は病院をたらい回しにされます。エストニアは貧困のため、若者はHIVに対する知識がなく麻薬中毒になるものが多い。そして、彼女が産んだ子もHIV
に感染していたことが分かり、エストニアで1人目の母子感染患者となります。
それでも新しい環境で友達をつくりけなげに生きていこうとする姿が描かれています。

目を背けたくなるようなすさんだ生活の中で、人々が抱く生きる希望や望みは、何か崇高なものであるような気がします。

彼らは希望や望みにすがらなければやってられないのかもしれませんが、
間違いなく命の価値も、幸せの度合いも国や地域によって違うわけで、
例えば、最近ニュースでずっとやってる中1の男の子が18歳の少年に殺された事件も、
悲惨な事件ではありますが、犯人たちの動機となった
悩みや怒りはどれほどのものなのかなぁ〜と
感じてしまったりするわけです。

あと、後藤氏も著書の中で触れていましたが、
日本では先進国の中でHIV感染人口は一番増加しています。
もちろん日本ではそれについて本気で取り組む姿勢は見えません。

後藤氏がISに殺害された時も自己責任論がネットを中心に吹き荒れましたが、
自己責任論は、問題は見て見ぬふりをする、
他人には無関心でいて自分さえよければそれでいい、
という事なかれ主義的な
今の日本の風潮そのものだと思いますが、

実際問題、我々は実はすでにその渦中にいるのかもしれません。
posted by さとし at 00:41| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書・映画・芸術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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