2020年03月28日

知的再武装 60のヒント (文春新書) (日本語) 新書 池上 彰 (著), 佐藤 優 (著) 子どもたちに語る 日中二千年史 (ちくまプリマー新書) (日本語) 新書 小島 毅 (著)


知的再武装 60のヒント (文春新書) (日本語) 新書 池上 彰 (著), 佐藤 優 (著)

45歳や60歳と行った中高年の勉強の仕方や日常の送り方、仕事の関わり方などを
お二人が対談形式で語っておられたのを記録したものです。
仕事を通じて自分の身の丈にあった立ち振る舞いをしたり、
徐々に衰えていく自分のスペックとどう向き合うか、と言うのはこの辺りの年齢の方は
肌感覚でわかっておられるような気もしましたが・・・。
参考にはなりました、



子どもたちに語る 日中二千年史 (ちくまプリマー新書) (日本語) 新書 小島 毅 (著)


いつも、ちくまプリマー新書は高校生向けと言うことでわかりやすく丁寧な解説をしているので、侮れないと思っています。
しかし、この本も非常に面白かったです。
日中史の専門である著者が、「漢倭奴国王」の金印を受け取った時代から、現代の尖閣問題に渡るまでの二千年間、
中国と日本の関係について解説しています。
太古から中国は日本が憧れたグローバルスタンダードの地であったのが、
近代の欧州列強が進出してきたあたりから軽蔑の眼差しに変わり、
日清戦争、日中戦争、第二次世界大戦、そして現在に至ってます。
著者は客観的に解説するだけでなく、所々に中国愛・中国へのリスペクトも感じられ、
次代を担っていく若い人たちへのメッセージ的な意味合いも入っており、
非常に楽しめました。

やはり、史実と周りの情勢との関連は非常に理解できると言うか、
大学受験では丸暗記だったので、今になって新しい発見があります。
posted by さとし at 13:05| 京都 ☔| Comment(0) | 読書・映画・芸術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

時代の流れ

土曜日と言うことでまったりとしています。

コロナウィルスの関係で自粛要請が続いていますが、
生産的な事柄に頭や体を回すには非常に有意義な時間のはず・・・なのですが、
体力的に集中力が続かなくなってきている年代であることを自覚する今日この頃です。

さてさて、以前も記事に書いたことがあるかもしれませんが、

僕ら専門職って情報のアップデートを常に求められる仕事だと思うのです。
普通、なんでも仕事をしていたら誰しもが求められることでしょうが。

先日、参加した研修でも現在の理学療法士は現在は第三世代だと。

第一世代は、数も少なく貴重な存在で、病院で機能訓練を行っていればよかった世代、
第二世代は、自分たちの立場を確固たるものにするために、経験則だけに基づかずにしっかりと
科学的なエビデンスを示していかなければいけないとされた世代、
そして第三世代は、理学療法士の数も増えてきて、今までのように病院と養成校くらいしか働き先が無かった時代と異なり、
職域も広がり、教育機関、企業や研究職、開業、その他もろもろ多様な働き方ができるようになった今、
コミュニケーション力や他職種と連携ができるようなセラピストが求められている、とのことでした。

自分の考えはさておいて、このような時代の流れを把握しておかなければ、
経験もあって、年齢もいってて、キャリアもあって、プライドも高い、そんな人が、
悲しいことに、世の中の流れに乗ることができずに、あちこちで揉め事を起こしてしまう、ということが起こってしまうかもしれません。

職人のように機能訓練を一生懸命やって、一部の患者さんからそこそこ喜ばれたとしても
時代や組織から求められてることとはズレている、ということもあるかもしれません。

自ら行う情報収集は、生き残るために必ず続けなければならないと思いますし、
大概、やっぱり取り残されている人たちはそんな客観性が乏しい印象を受けます。
自己研鑽とか、そんな大層な話ではないですが。

最近は協会や県士会に加入しない人が増えているそうです。
理由は会費を払わなければならない割にはメリットが少ない、とのことですが、
普通に情報に触れる機会はあった方がいいかもしれませんよね。

posted by さとし at 10:46| 京都 ☔| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月25日

求められる人に。

どんな人にでも、長所と短所があります。
組織との相性もあります。

それゆえ、組織に馴染まない人が、必ずしも仕事ができない人だとは限らないとは思います。
組織で浮いている人、上司と相性が悪い人が、
独立開業したら、成果をあげている、そんな人もいます。

しかし、組織の中で働いている以上、組織の仕組みに則って動かなければならない、
これは鉄則だと感じます。

当たり前のことですが、上司は部下よりも権限を持っている。
基本的には部下は上司の指令は従う。上司の指令は会社の指令と同じです。
部下が上司に対してああしろ、こうしろ、やり方がおかしい、というのは筋違いです。
上司の評価は上司の上司が行うものです。
上司のことを上司として認められない、とか部下が言ったら普通は部下がクビでしょう。

管理職は部下を育成することと業務が円滑に回るようにすることが仕事なので
現場からは一歩引いていることもありますし、
部署がえや異動も伝えるでしょう。

それを、個人的な理由で
「そんな仕事はしたくない」
「前の上司はそんなことをしろとは言わなかった」
「それは自分の仕事ではない」

と普通に言える方な人は、組織向きではないと思ったりします。

どうぞ個人でやってください、というのがごく当たり前の対応であって、
それを理解できていない人が本当にいるのだなぁ、と思ったりします。

この業界は本当にプライドが高い人が多いです。
職人気質の人が多いからでしょうか。
しかし、専門職でも職人的な面があっても
その知識技術をいかにして使っていくかが大切で、

ちゃんと情報をアップデートして、
世の中の流れや職場のうねりの中で、
自分が求められている役割をちゃんと認識しないと、
自分は正義の味方かもしれませんが、
周りの誰からも求められない悲しい存在になってしまうかもしれません。

自分の市場価値は常に高めておかないと。
市場価値が高い人間は、職場が変わっても
求められ続けると思います。
口だけ偉そうな人は、
残念ながらそうはならないでしょう。
まあ、自分がどれだけ求められているかといえば、
僕も??ですが。。。

と、最近感じることでした。
これからまた帰宅してお仕事です。
posted by さとし at 18:12| 京都 | Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職場選び

僕の職場は小さな職場ではありますが、働いていて非常に学びがあります。
なんといっても、仕事が業務分担されておらず(されてはいるものの、大手と比べたらまだまだで)、
色々なことができることです。
例えば、ビラ配りもしないといけないこともありますし、
地域の催しにも参加しなければならない。
場合に寄ったらネット配線や設定なども関わることがある。
もちろん制度についても事務任せではなくて自分で調べなければならない。
これを苦に感じる人もいるでしょう。
個人的には非常に面白さがあります。

ただ臨床やリハビリテーションのことだけを考えていれば良いのではない。

それに、小職場なのでスタッフが少ないために、
管理職や他部署との距離が近いこともありますね。
個人の意見も通しやすい。
通しやすいと言ってもなんでも通るわけではありませんが、
自分の意見が反映されやすいということは非常にやりがいを感じますね。
言い方悪いですが承認欲求が満たされるというのでしょうか。

さらには、経営や運営、マネジメントなどについて、
間近で見ることができることも勉強になります。
自分ならこうするだろう、という思いを持ちながらも
正解はひとつではない。
何かひとつ問題が出てきた時にどのように管理者が動くのか、
というのを見たり、時々は参加したり、というのも勉強になります。

学生の頃は大きな職場にいる方が勉強になるし、
そこそこ安定しているし、などあさはかな考えを持っていましたが、
大きな職場は、人が多すぎるために逆にルールをきっちりと決めなければ運営できません。
また、場合によっては、システム化されすぎていると、
何も考えないで臨床をやってしまうようなこともあるかもしれません。
また、規模の大きさと安定しているかどうかは全く別問題だということも徐々にわかってきました。
働き方改革が叫ばれているものの、365日リハで土日祝日出勤もあるでしょうし、
リハで稼いでいる施設ではノルマもあるでしょう。

詰まるところは、自分にとって大事なものの優先順位はなんなのだろう、
というところなのかもしれませんね。
posted by さとし at 17:59| 京都 | Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月23日

自粛疲れ?

自粛疲れってなんなんでしょうね。
潜伏期間が数日〜2週間ということは、4月ごろに何かしらある可能性も否定できません。

欧州やアメリカでの厳戒態勢のニュースを見ると、
日本のゆるさがどうも腑に落ちないです。

もう感染は収束したと思っているのでしょうか。
海外から戻ってくる人たちが感染している可能性も否定できないのですが。

暖かくなって外に出たくなる気持ちもわかりますけどね。
僕も同じような気持ちですし。
居酒屋の前を通ると、まあまあ繁盛していますし。
繁盛してはいけないというわけではありませんが、
なんかこう、大丈夫なのか、という気持ちです。

そんな感じで今日もこれから家に帰ります。
比較的余裕があるので、生産的な事柄に思考を回せるのはいいかな、と思います。
あとは、今日も色々とありましたが、本当に日々勉強になることばかりですね。


posted by さとし at 18:06| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月22日

有機的に繋がっていて連続したもの

人生、(一般的な平均寿命の)半分近くすぎて環境も大きく変わりました。

2年前は、カポエイラの稽古稽古で1週間のうち半分以上は夜家にいないことが普通だと思ってましたし、
10年近くそういう過ごし方をしていたので生活の一部に入り込んでました。
出張に行っても稽古、海外に行っても稽古でそれはそれで面白かったですし、後悔はしていません。

仕事に関しても、トップが退職したのを機に、色々と責任のある役割を引き受けることになりました。
これまでのトップのトップとしての自覚があるのかないのか、よくわからないような姿勢に苛立ってはいましたが、
一般職員の口ばかり達者で文句ばかり言う一方で何もやろうとしない姿勢に対しても嫌だったので、
自分が同じように責任は取らないけれども文句を言うような職員にはなりたくないと思ったからでした。
そうやって、これまでのような自由奔放な働き方を改めるる必要が出てきて今に至ってます。
体制が変わる時に、自分が支えていく役割を担いたいとのことで、あることを「自分がやります」と
名乗り出たのがきっかけだったかもしれません。

思えば色々と迷惑をかけてきましたが、困った時には誰かが助けの手を差し伸べてくれました。
例えば、大学院に在学していたときは、研究を遂行するため色々と心理的のプレッシャーで
鬱の一歩手前までいきました。
心房性期外収縮、不眠症などが出てきて、体が動かずに出勤できなかったり、トイレに入ると動けなくなったり、
ということもありました。
心療内科にいけば診断をもらえたと思いますが、診断をもらったらもらったでいろんな人に迷惑がかかると思って
行きませんでした。
職場の方々も気付いていたとは思いますが、見守ってくれている感じでした。
他にも、職場でとあることで理不尽な扱いを受けた時もある人が庇ってくれたりもしました。
その一方で、自分がやりたいと思っている、今やっている職場の取り組みを、
ちゃんとデータとして世に出していきたいという訴えを汲み取ってくれて、今、
一緒に論文を作ったり、研究を助けてくれる体制を作ってくれています。

現在は、そんなころの自分とは明らかに優先順位が変わってきています。
自分のために使える時間は1日のうちに長くて2時間という状況で、
夜間に稽古に外に出ると家庭が崩壊するでしょうし、
仕事に関しても受け身だったかつての姿勢から、
自分のことだけを考えていいわけでなく、全体のことを俯瞰して行動しなければならなくなりました。
趣味も日中の空いた時間にできるようなことに切り替えざるを得なくなりました。

かつては、やりたいことをやって60歳くらいであの世にいく、というような
無頼な生き方をしたいと思っていたのですが、
いろんなものを背負うとそういう感覚も薄れてきました。
やっぱり少しでも元気でいて、自分の周りの人たちの力になりたい、
役に立ちたい、というのが正直なところです。

人生が自分だけで完結するのではなく、有機的に繋がっていて
連続したものであることに気づいたのもごく最近です。

そういう中で、昔と取り巻く環境が変わっていって、
体も少しづつ衰えていって、昔が良かったかというとそうではなくて、
今が楽しくて仕方がありません。こうやって自分は成長していくのかな、と思ったりしてます。

他の人が歳をとってから余生を楽しむところを僕は、若い頃にまあまあ遊ばしてもらったので
そんなのもありかな、と思ったりしています。
posted by さとし at 19:14| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

永田さんに学ぶ

最近見つけたYouTubeの動画、永田さんには色々と学ぶことがあります。



永田さんは、ハードオフ久留米店で店を一人でまわしている(であろう)社員(のちに店長)です。
彼は、一人でエレキギターやドラムなどの店のジャンク楽器や、ボールを床に叩きつけたり、メガホンを使ったりして音を作り出し、
一人で何役もこなして楽曲をカバーします。ボーカル役で歌も歌います。この歌がまた上手い。

収録は、おそらく店が閉店した後であろう深夜か、開店前の早朝で、
動画の編集技術もさることながら、楽器演奏のレベル、仕事のように淡々と取り組む姿勢など、
シュールな笑いを感じさせる動画になっています。

おそらく、もともと動画投稿は趣味のレベルで技術があったのでしょう。
そして、楽器演奏もこの仕事を始める前に「ビックになりたい」ために東京で単身過ごしていたこともあったとか。

個人で投稿をしている動画もありますがあまり再生回数は多くありません。
ところが、ハードオフ久留米店の宣伝として投稿した動画は登録者6万人になり、テレビ出演もあり、
グレイとの共演はまだ叶っていないようですが・・・・。

これ、僕たち組織の中で働いている人たちには非常に多くのヒントが隠されていると思うのです。

つまり、自分の能力を発揮するには、自己の実現だけを考えていては良い結果を得ることができないということです。
自分の所属する職場や組織の発展のために、自分の特技や能力を提供する。
掛け算ですね。音楽・動画編集・動画投稿×所属する会社の集客、収益、イメージアップ
それにより、自分自身もより評価されるようになり、職場への貢献も果たすことができる。
ウィンウィンの関係を築くことができると思うのです。
僕自身も規模は小さく、やり方は違いますが、同じような体験をしています。
組織のために自分の力を提供して、言い方はよくないですが、組織を使い倒す、とも言い換えることもできると思います。

それにしても、僕自身、彼からマーケティングとして色々と学ぶことがあります。
どうすればうちの施設も知名度を上げることができるだろう、集客することができるだろう。
動画投稿も一つの手段かもしれませんね。何か面白いことできないかなぁ、、、って感じです。
posted by さとし at 17:58| 京都 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月21日

大切なもの

現在、訳あってまったりとできる時間があるので、雑感を。

来月から、プライベートで依頼されて、新しい役割を引き受けることにしました。

今まで、自分がよければそれでいいと思って過ごしてきました。
好きなように生きて、なるべく自由にできるように
責任の伴うことはやらず、ノンストレスで過ごしたい。

その意識が変わったのはここ2年ほどのことだと思います。

結局、人のため、組織のため、社会のために役割を担って動くことが
逆説的になりますが、ノンストレスとになるのです。

責任がない立場は責任を取らなければならない人から
色々と指令され、従わななけばなりませんし、逆にストレスをきたすかもしれません。

もう、この年になると、自分がどうやって生きたいか、というのも重要だと思いますが、
今まで生きてきた人生よりも残りの人生の方が少ないであろう時点で、
いつ突然、事故や病気で死ぬかもしれないと思われる時点で、
自分のことばかり考えて生きていても仕方ないと思うようになり、
自分の次の世代や仲間たち、家族がより過ごしやすい、より良い社会を作ることのために
行動することの方が大切だと感じるようになりました。
自分がいなくなった後も、時間は流れていく訳ですしね。

まだ、色々わがままも言いますが、
自分の行動の根幹は今はこれです。

このような考え方ができる人ほど、本当、逆に
しんどそうですがしんどくなく、
面倒くさそうですが、周りから必要とされ
より良い人生を過ごすことができるのではないかな、と思ったりするわけです。

人間、結局色々ありますが、削ぎ落としていけば、大事なものは数えるほどしかないと思うわけで。
そんな感じですね。
posted by さとし at 12:21| 京都 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

体育会系 日本を蝕む病 (光文社新書) (日本語) 新書  サンドラ・ヘフェリン(著)



体育会系 日本を蝕む病 (光文社新書) (日本語) 新書  サンドラ・ヘフェリン(著)

日本・ドイツのハーフで、ドイツでの生活が長い著書が、
日本にいて不思議だと感じる、日本の体育会系思考について述べています。
内容としては、イギリスで生活する谷口真由美さんに近いものがあるかと思います。



日本の残業することが美徳とか、
組体操を頑張ることが素晴らしいとか、
上下関係とか、様々なことについて疑問を呈していますが、、
最終章で、それでも、このような根性論や体育会系思考は世界では稀なために
うまく取り入れることで自分はすごく得をしたことがあると言う
オチ付きで、日本に対する愛も感じられます。

読みやすく楽しめた1冊でした。
自分をメタ認知するためにも面白いかも。
posted by さとし at 11:38| 京都 | Comment(0) | 読書・映画・芸術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月19日

人事

本日の雑感。

今まで、前の職場でも今の職場でも職場を去る人を何人も見てきました。
その人その人で価値観も大事にするものも違うので、
自分が大事にするものとの相性が悪かっただけだと個人的には思いますし、
価値観の違いで去るのは、その人が決めることなので否定することは全くありません。
むしろ、応援したいと思っています。
実際、僕自身も一度職場を代わっています。

しかし、その時に感じるのは、去り方ですね。
去り方が非常に重要だと思います。

自分のやりたいことへの挑戦のために辞めるのか、
ただ単に人間関係が嫌で逃げ出したいから辞めるのか。

やりたいことの挑戦のためであるなら、
もしもその人が惜しまれる人材であるなら、
その職場でなくても違う法人の職場を紹介してくれるかもしれません。
結果、そのような話を断って、新しい環境にいくことになっても、
良好な関係は続くでしょう。
それが大人の人間関係です。

人間関係が嫌で逃げたしたいための理由も全然ありだと思います。
この時に、その人が必要な存在かどうかがわかるかと。
仕事ができる人間なら、その人を手放すことはないでしょう。
(案外、そんな人に限って颯爽と辞めていくのですが)

人間関係が問題なら、異動するのもありかもしれない。
しかし、その時に、異動先で何ができるのか、特別な何かを持っていなければならないと思います。

そのために、普段から勉強して、自己研鑽して、
組織のために様々な取り組みに参加する。
他で代わりのきく程度の人間ならその人に問題があったのだと思われておしまいでしょう。

常々感じるのは、
本当にプライドの高い人が多いです。
この業界(主観ですが)。自戒も込めてます。
他人に言うことを受け入れなかったり
「あの人から学ぶことは何もない」
などいう人がたまにいますが、
執拗に他人を攻撃する人は、
恐怖心からそうさせているのか。
他人を攻撃するのは、
ただの自己防衛の裏返しだと感じたりします。

学ぶことがあるかないかはその人の心がけ次第だと思います。

って感じで明日からの3連休はこれはこれでお大忙しです。
posted by さとし at 19:04| 京都 ☀| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

活動参加

訪問リハビリテーションは、
リハビリテーションという括りに入るので、理学療法をやっていればいいわけではありません。
社会参加できるように支援することも、何かしらの活動できることを提案、提供することも必要なのです。

先日の県士会研修で、現在は第三世代の理学療法士を養成していく流れだと某先生が仰っていました。
第三世代といいますが、
第一世代とはどんなだったかといいますと、黎明期のセラピストであって、
理学療法士が足りなかった時代、病院のプラットフォームマットで機能訓練や手技などを行うセラピストでした。
で、第二世代はといいますと、治療、治療といっても何の確証もないものだし、
エビデンスを作っていくために、研究して客観的なデータを示す理学療法士が求められました。

そして第三世代とは、理学療法士が年間数万人も誕生し、現在も日本人の200人に1人が理学療法士という状態で、
人数も増え、医療機関だけでなく様々なフィールドに出ていくようになった情勢から、
他職種とスムーズに協業していけるようなコミニュケーション能力も兼ね備えた理学療法士が求められている、ということです。

機能面の改善だけでなく、他職種と一緒になって、
活動参加につなげることができる理学療法士のマインドが必要だと思うのですが。
しかし、実際それを理解できていない人がどんなに多いことか、と感じる今日この頃です。
経験年数は関係なく、むしろ、変に経験があって、なかなか今の情勢をアップデートできない
堅物な人にこういう人が多い印象がします。若い人や女性には意外に活動参加の視点がある気がする、、、あくまでイメージですが。

仮に学生さんが在宅分野に実習をきたとして、このマインドがない理学療法士がバイザーになったとしたら、
おそらく学生さんは、病院でやっていることを家のベッドでやって、廊下を歩く代わりに外を歩いて、
みたいな認識になるのだろうなぁ、と思います。

僕もたまにいく研修や学会で、知った方々は、だいたい真剣に訪問リハビリテーションや在宅リハビリテーションを
追求して、理学療法や作業療法や制度のものでのサービスだけでは足りない、
より住み良い地域づくりをしてコミュニティを作っていかなければいけないと気づいて、
実際にそれをどうすれば作れるのだろう、と試行錯誤されているのです。

僕の所属する職場やそのグループは、元々、そのコミュニティがありますし、
地域へ関わってく機会が非常に多くて、これからも増やしていこうとしているので、
他の施設が悩んでいる問題をすっとばして、持っているので非常に恵まれていると思うわけです。

この資源はどんどん活用していかなければならないと思うし、
訪問リハビリテーションという業務以外のことは面倒くさい、
やっても無駄だ、という一部の人たちは、
リハビリテーションという概念を分かっていないのではと思います。

狭義の理学療法に囚われているのだな、と。
いつか気づいてくれる時がくるのかな?
勉強とか何とかの前にちゃんと情勢についての情報に触れていればわかると思うのですがね・・・。
posted by さとし at 17:43| 京都 ☀| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月17日

後輩指導

後輩の指導とはなかなか難しいものですが、
人には個性が色々とある中でも
組織に所属している以上、
目に余る者にはやはり指導しなければなりません。
放置するわけにもいけません。

目に余る事案があり、そういう機会があったのですが、
指導する方もそれなりにエネルギーが要りますし、伝わったでしょうかね・・・。

指導するときは、感情的にならず、怒りに任せず、
なるべく穏やかに、簡潔に、言いたいことを伝える。
本当は言いたいことは山ほどあるのですが。
相手を傷つけないように、相手のことを思って言っていることを伝える。

「なんでそんなことをするのか。いい加減にしろ。しばいたろか」と思ったことは
「そんなことをして私は非常に悲しかった」と言い換える。
第三者に入ってもらうとキレずに済むかもしれません。

伝わるといいのですがね。
だが、自分が不満に思う組織であっても
そこにいるかいないかは自分自身で決めていることですからね。

そういう感じの1日でした。
ま、色々と学ばせてもらってますわ。給料もらいながら。

明日も頑張ります。
posted by さとし at 23:23| 京都 ☀| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

パブリッシュ

無事論文がパブリッシュされ、形になってほっとしています。
現在執筆中の論文も早く仕上げないとどんどん鮮度が落ちていくのですが、
社会福祉的な分野なので、色々と調べる時間がなくて、滞っています。
毎日机で寝落ちですしね・・・・。

さてさて、そういうわけで
今日は1日家で時間が取れたので、まったりとしていました。
いつものようにボコボコにされた昨日の稽古で肉体疲労もあったりして
ちょっと昼寝もしたりしました。

そんな中、NHKのとある番組で放送していた、
宇宙空間で使えるオーブンを開発する企画、
1億円ほどかかる見通しだそうですが、
今後宇宙で生活する人が増えるのだとしたら
必要とされる分野ですよね。

そんな時ふと思いましました。
宇宙空間での無重力状態は脳損傷や脊髄損傷などの疾患を持った人にどのように影響するのだろうか。
健常者にとれば、重力の影響がなくなると、
カルシウムが骨から抜け出して骨粗鬆症になったり、
重力という見えない重さがなくなることで筋力が低下することが分かっています。
寝たきりで体が弱っていく廃用症候群という疾患は、
宇宙で生活する人間のために研究された、という話は有名ですが。

それでは、逆に重力の影響を受けて病態が出現する人にはどう作用するのでしょうか。
痙性麻痺は軽減するのだろうか。
地上を2本足で歩く必要がなくなるのなら運動麻痺があっても移動はできるはず。

そんなことを感じたりしました。
そのような研究はもうされているのでしょうかね・・・。
posted by さとし at 19:14| 京都 ☁| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

待遇

昨日は、元職場の同僚と話をする機会がありました。

プライベートでも色々とお付き合いのある人なので
突っ込んだ話ができましたが、他施設の事情などを意見交換できるのはなかなかいいと思いました。

そんな中、待遇面について、ええ〜っと感じることもありましたが、それを選択しているのも彼の働き方、
僕が今の職場にいるのも自分の働き方。
そういうわけで、それもありなんじゃないかと思いました。
自分で決定していることですから、不平不満を漏らしながら働いている人よりもよっぽどいいです。

これから発展していく職場だから、給与が低くても、福利厚生が少なくても、勤務時間が長くても、
みんなで作り上げていくからいいじゃないか、というのもありです。

何が良くて何が良くないとか、相対的なものです。
自分の生活の安定、仕事のやり甲斐、自己実現、収入、色々なものを天秤にかけて最適な環境を
みんな選択していくのだと思います。

そんなことを感じたりしました。

コロナウィルスで世の中が嫌な感じですけど、どうなるんでしょうね。
posted by さとし at 14:03| 京都 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地経学とは何か (文春新書) (日本語) 新書 船橋 洋一 (著)



地経学とは何か (文春新書) (日本語) 新書 船橋 洋一 (著)

地政学という学問は最近注目を浴びているのですが、
実際は世の中の不安を煽るという理由であまりおすすめされていないそうです。
例えば、とある国が覇権主義になるのは、その元々ある地域柄当然であるという分析をしていたり、
紛争地域は、軍事拠点として、資源がある、などの理由で重要な場所であるためである、という分析をしたりしますが、

地経学は、経済的な事情についてを地理的な要因と絡めて解説していました。

と言ってもこの本は文藝春秋に連載されていた記事も含まれているので
内容はまずまずでしたが、勉強にはなりました。
posted by さとし at 13:49| 京都 ☀| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月13日

マネジメント

今日も業務は終了。

色々と思ったこと。

現場に近ければ近いほど、利用者さんのことをまず第一に考えますが、
マネジメントが必要になればなるほど、運営を考えざるを得なくなる。
どの仕事でも当たり前のことですがね。

利用者さんが「この先生がいいです」と言うのに応えるのは、
サービス業という側面では正しいかもしれませんが、
リハビリテーションという側面では正しくないかもしれない。

複数で利用者さんを見ると、
人によって関わり方は違いますし、
情報伝達もうまくいかないこともあります。
利用者さんの中には不満を訴えられる方もいます。

しかし、複数で見ることで、色々な視点で関わることができます。
関係が出来上がってしまって、何年も一人で見てしまうと、
変化に気づかないことともありますが、
たまに代行したセラピストは変化に気づくこともあります。
二人だけの閉鎖した関係になってしまうと、
他の人が何やってるか分からない、ということになります。
仮に、制度ではやってはいけないようなこと(商品をこっそり売りつけるとか、、)
が起こるかもしれない。
リハビリテーションとは、社会参加という側面もあるわけで、
複数の人と関わることも必要かもしれない。

運営的には、他のセラピストは嫌です、という利用者さんばかりになると
じゃあ、その人が休んだり、病気になった時に誰が行くんだ、
新規の方が同じ時間でバッティングしたらどう予定を立てるんだ、
という話にもなって業務を回せなくなるのもあるのですが、

個人的には、この人じゃないと嫌です、と言われてもあんまり嬉しくないし、
そういう関係は極力作らないようにしたいと思っているのですが・・・。

その人じゃないと嫌だ、と言われた時に、自分も選ばれる人になるための技量や
みんなで見ていくための協力も職場では必要だと思うんですよね。

サービス業である以上利用者様の要望に答えるのも大事ですが、
自分たちの立ち位置も考えないと、、とか思ったりします。

雑感です。
それではこれからまたひと仕事です。
posted by さとし at 18:24| 京都 ☁| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月12日

本日の雑感

今日もバタバタとしましたが、比較的早く職場を離れることができました。

組織の中にいると(組織だけでなく、正確には「社会の中」ですが)
社会のために自分が何かをするということが大切になってきます。

人が面倒臭くてやりたがらないことで、
自分が必ずしもやりたいわけではないことであっても、
引き受けることで、人が喜び、自分も喜ばれる、という不思議なことが起こるなぁ、と。

「よくこんなことやるわ」とか「自分なら絶対にやりたくない」と思っている人でも
内心は、きっと助かっていると思っているに違いありません。

けど、組織ってこんなものなのだと気付いたのはここ最近ですね。

自分のことだけを考えて行動する人は、
別に組織にいなくていいやん、って考えるのが普通です。
組織の中で働きたいならそれなりにルールに則ってね、
一人でいれば誰からも文句言われませんし、という話で

その辺を思い違いをしている人が結構多いなぁ、と思います。
自分の働きやすさだけを考えている人、自分だけの快適さだけを考えている人は、
その裏で周りの人がどんだけ汗をかいているかという想像力が欠如しているのですよね。

周りのためにとった行動が自分のためになって、
自分のためにとった行動が周りのためになる、が
いい循環を生み出せる社会が理想なんだろうなぁ、って思います。

そんなことを感じた今日1日でした。
posted by さとし at 17:32| 京都 ☀| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月11日

アドラー心理学で「子どものやる気」を引き出す本: “本当に響く”ほめ方、叱り方、励まし方 (知的生きかた文庫) (日本語) 文庫 星 一郎 (著)


アドラー心理学で「子どものやる気」を引き出す本: “本当に響く”ほめ方、叱り方、励まし方 (知的生きかた文庫) (日本語) 文庫 星 一郎 (著)

今、アドラー心理学の子育て本を読んでいるんですけど、非常に面白いです。

以前、ある人に勧められて読んだ夫婦生活についてのアドラー心理学は全然面白くなかったんですけど、どうしてだろ?

この本は読みやすいですし、自己啓発本の部類に分けられるかもしれない。
しかし、あまりに当たり前のことが書かれているのですが、普段忘れてしまいがちなことなので、
はっと気付いたり、自分の幼少時を振り返ったり、
家族や知人、職場の人たちの生活背景などを推し量ったりと、
なんか泣けてくることもありました。

学校の成績が悪くても、部活でレギュラーを取れなくても
一生懸命頑張ったことを褒めること。

親である自分自身も、完全ではないことを認めること。

相手の存在そのものを求めることが根本的に大事だということを改めて再認識しました。

ぜひ、早く読み切りたいと思っています。
posted by さとし at 18:10| 京都 ☀| Comment(0) | 読書・映画・芸術など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月10日

実習にあるバックグラウンド

雨天の中、今日も外回りをしてきました。

学生さんの実習に関しては、臨床実習指導者講習会を受けなければ、
実習バイザーができないという仕組みになったのは、良かったと思います。

講習会に参加した身としては、まる2日座学で拘束されて非常にキツいものがありましたが、
あの講習を受けたものと受けていないものとでは、バイザーとしての姿勢が違うな、と本当に感じる今日この頃です。

「質問があれば聞いてこい、やりたいことがあれば言ってこい、
学びたければ学べ、楽したければ楽しろ、
全部あなた次第。」

という、体育会的な教育方法は、ある意味それもありかとは思いますし、
教えている方は、それで教えているつもりになっているとは思いますが、
少なくとも講習会を通じて今、厚生労働省が望んでいる実習形態はそのようなものではないことが
個人的には分かりました。

国として求めているバイザーが学生に接する姿勢としては、
ちゃんと、何をやっているかを伝えて、何をするかを体験してもらって、
少しでも現場の仕事に参加していく、ということなのですが。

別に施設側が臨床に出せるかどうか、を判断する必要はない。
臨床での経験を通じて、到達目標は目安ではあるかもしれないが、
卒後教育も整備されつつあるので、不十分でもあとは研修医制度のように
制度を作って全体で育てていこう、という時流なのです。

僕も、昔、何の事前準備もないままバイザーをやることになった時は、
このように世の中の背景を知らずに、
自分の働き方や臨床像を学生に見せようとしたこともありましたし、
教育とはこんなものだ、という持論があった気もします。
しかし、実習バイザーは一人でやっているわけではないですしね。
養成校の学生を預かって、国家資格である理学療法士を国家の方針のもとで教育して、
自分の施設を使って自分の施設を代表して学生と接するのですけどね

そのような全体像が見えていない人は、
謙虚さが見えないような
なんだか偏った教え方に見えてしまう気がするのですよね。
おっさんの小言のように感じるかもしれませんけどね。

そう感じた今日1日でした。これから家に帰ってもう一仕事です。
posted by さとし at 18:09| 京都 ☔| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月09日

本当に未来がないのか

コロナコロナと言われていますが、
ショッピングモールって人多いですよね。
ラーメン屋の行列も相変わらずです。
みんなコロナでいろいろなイベントが中止になって退屈しているのでしょうか。

今日は、数少ない楽しみの一つである柔術の稽古に行って、
(コロナの関係で接触は控え目)
そのあと色々と家の用事をしていました。

最近、色々とSNSで理学療法士関係の話題が上ってくるのですが、
その中で感じることがあります。
所謂、この業界に未来がないというお話ですよね。
年収が低い、診療報酬が低い、飽和状態だとか色々と言われています。

僕の働いている職場は僕が入職した当時は、
他施設と比べて給料が安いとか言われていましたが、
それから時を経て、もしかしたら他の施設の方が
給料が低くなったのかもしれないです。確かに。

理学療法士の数ももちろん増えています。
何かの研修で言われていましたが、
現在でも日本の200人に1人の割合で理学療法士がいることになっていると。

しかし、僕が入職した時期でも上司から
質が低下していると言われていましたが、
今では養成校も定員割れしていると言われていますし、
偏差値だけでなく、人間性なども求められる職種ではありますが、
それでも学力の低下は著しい、というのも納得はできます。

しかし、だから未来がないとか、単純に言えるのかというのが正直なところだと思います。
どんな仕事でも、未来がある仕事などあり得ないと思いますし、
仕事を通じて将来のビジョンを見据えて、
勉強して研鑽してキャリアを積んでいくものだと思いますし。

あとは、この業界でそれなりに引っ張っている人たちを見ていると、
他の仕事をやっていても同じように引っ張っていく立場になるんだろうな、と
も思います。

つまりは、自分がどうしたいか、ということに尽きるかと。
同じ世界を見ているのに、未来がないという人もいれば、
可能性に溢れていると感じる人もいる。
不思議だと思います。

僕個人としては、リハビリテーションは考え方であるので、
人個人としてのミクロな視点から社会や政治などのマクロな視点でも
どこでも求められるものだと思うので、
本当に自分次第だと思うのですよね。

不安を煽る人たちについても色々と思うことはありますが、
それはまた別の機会に。

というわけで、明日から仕事です。
明日も遅くなるでしょう。
posted by さとし at 01:50| 京都 ☀| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする