2019年12月31日

明日で今年もおしまいですか

今日は、家で空いている時間に色々と雑務をこなすことができて、論文執筆と助成金応募以外はとりあえず終えました。
年明けから動く予定の調査研究の用意、職場の色々な雑務、臨床実習生を受け入れる用意、などなど。
仕事をしていないと、していないで疲れますが疲れ方が違いますね。あまり歩いたり走ったりしていないからでしょうか。

論文に関しては明日から時間を作って書いていければなぁ〜とか思います。
本当にできるときにやっとかないと、という感じです。
時間は有限、とか頭では思っていても、どんどんと時間は過ぎていくわけで、
仕事が一番大事でもなくなってくるわけで。

自分のために時間を作ることができる人が色々と結果を出しているのは「そらそうやろ」と感じるようになってきた今日この頃。
家庭持ったり、仕事以外の用事に忙殺されながら仕事をしていく人の方がすごいと感じきたのは
僕も歳をとってきたからでしょうか。

そんなわけであと少しお勉強をしてから寝ようと思います。
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2019年12月28日

仕事納め

本日で仕事納めでした。
休んだ職員の代行訪問リハを回って、ケアマネさんにも挨拶して、
来年の予定表のチェックをして、雑務をして、終わり。

あとは家で色々な事務作業を持ち帰ってやります。
休みの間に論文も書き上げたいです。
今日は柔術に行けるかなぁ〜。
今日のカポエイラは時間的に無理そうですが、
来年からなんとかできないか考えていきたいです。

そんなわけで今年1年の仕事を振り返ってみたいと思います。

今年は、役職について間もなくて、手探り状態だった自分がいました。
色々と調べたり勉強したりして、あるべき役職像を模索していましたが、
そんなふらふらした自分を見透かされたように色々とアクシデントがありました。

自分なりに感じたこととして、
物わかりの良い上司を演じようとか、
部下を理解しようとしよう、とか、
そういう想いは持つことは大事かもしれませんが
結局部下の顔色を伺うだけに終わってしまってはダメだな、ということでした。

実際、部下は職場の方針とか、上司の目指すところや求めるものなど関係なく、
自分にとって都合の良い環境を作ろうと色々と要求してくるわけです。
仮に、全てに応えたとしても、また次々と要求を出してくるわけですし、
全てに応えて組織として成り立たなくなっても、利益が上がらなくても、
責任を取るのは部下ではなくて責任者な訳です。

結局今まで通りでいいんだな、と思いました。
配慮したり意見を聞くことも必要ですが、
媚びる必要はない。合わせる必要もない。
自分や職場が目指しているものをちゃんと納得してもらって、
同じ方向を向いてもらう。

そういうことを感じました。

来年も自分は精進していくことができればと思います。
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2019年12月26日

リーダーは、世の中をよくしようとか、組織をよくしようなどの目線で物事を考える

今年の仕事もあと少しで終わろうとしています。
(本当は明日有給で休む予定だったのですが、諸事情で出勤です)
今年1年仕事をしてみて感じたことです。

僕は、管理職ではありませんが、それを補佐するような立場に今います。
そうして仕事をしてみて感じたことをつらつらと書いてみようと思います。

まず、管理者と部下は交わることはほぼないのだろうな、ということです。
管理者はリーダーを言い換えることもできると思いますが、
リーダーは、自分で起業することもあるでしょうし、組織から任命されることもありますが、
それなりに、目指すところやビジョンがある人が間違いなくなるでしょう。

一方で部下は、管理される側。指令や命令に対して動くわけなので、
自分がいかに身をすり減らさず楽できるかを考えるのではないでしょうか。

リーダーから学び、共感し、仕事を任され、新しいものを創り出す人は、
今は部下であっても、いずれはリーダーになるでしょう。

そうでない人は、いつまでたっても使われる人です。
文句を言い続ける人もいますが、決定権を持っているわけではないので、
自分がしんどい事に文句、働きにくい事に文句、
そうやって、いかに自分が快適に労働し続けられるかを考えるわけですが、
自分の幸せだけを考えている人が最終的に残るのではないのでしょうか。
まあ、家庭の事情などで働き方を考えている人も中にはいるかもしれませんが。

使われる人は、自分基準で物事を考える、
リーダーは、世の中をよくしようとか、
組織をよくしようなどの目線で物事を考える。

そういうわけでもともとの視点が違うので
この関係は埋まることがないのだろうな、と。

職場が嫌になって、上司と合わなくて、職場を辞めたり変えたりする人が
いるかもしれませんが、最終的に自分の視点が変わらない限り
同じことを繰り返すのでしょうね。
どこに行ってもリーダーはいますし、
使われる人はどこに行っても使われる事には変わりないので。

そのことが分かりました。
なので、部下を大事にすることも大事ですが、
自分の目指すところを見失ってもいけないなぁ、と。

そんな感じで、明日も仕事です。
とりあえずカフェから出ようと思います(今、カフェ)
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2019年12月25日

まずは、人と人の関係

在宅分野で訪問リハビリテーションとかやっていると、色々あります。

特に訪リハなんて、ほとんどが介護保険を利用するわけなので、やるかやらないかは、利用者さんが決定するわけです。
病院での個別訓練みたいに患者管理は厳しくないし、医療従事者のホームに患者さんを招き入れて訓練する(言い方悪ですが)
という図式が成り立たなくなるわけです。

利用者さんも自分の家に人を入れるわけだから、
よく、担当者を変えてくれ、とか、理由を作って「来なくてもいい」と言われたり、
ニコニコと受け入れてくれていたと思ったら、
ケアマネジャーさんから不意打ちのようにクレームが入ったりすることもあります。

僕も在宅分野で仕事始めた時は、それはクレームだらけだった記憶があります。
今は、その時よりはマシになったと思いますが、
それはある程度関わり方を身体で覚えてきたのもあるだろうし、
今の職場に長くいるので、サービス担当者や利用者さんの知り合いなどと顔見知りになっているのもあるとは思います。

けれど、クレームや不満を言われる人はキャリアが何年になっても言われるし、
年齢が高くても言われるしで、今日もある案件を利用者さんからきいたわけですが、
色々と考えてみました。

ぶっちゃけた話、クレームを言われる人って、そのクレームは内容が色々なのですが、
僕らも一緒に働いたり、会話をしたり、性格をある程度掴んでくると、
いいところ悪いところ見えてくるわけですが、
この人のこういうところはよくないなぁ、とか気に入らんなぁ、とか感じているのです。
話し方とか、ものの言い方とか、会話の内容とか、性格とか。
極端な言い方で「人として」というところ。
しかし、同じ職場で働く同志として、認めないといけないところは認めないといけないし、
いちいち批判していたら雰囲気もギスギスするので、普通は相手のことに色々と口出ししないと思います。

しかし、残念なことに、入ってくるクレームはほぼ、薄々と感じていることばかりなんですよね。
そして、やんわりと、「その人は外してくれ」とか「しばらく休みたい」とか理由を作って
訪リハができなくなる。結果、利用者さんのADLが低下してしまう。
事業所の評判は悪くなり、「選ばれる事業所」としてはどうなの?という感じになる。
さらに、他事業所にケアマネさんは依頼して、自分が所属している事業所には二度と依頼が来なくなる。
どうしようもありません。

利用者さんも歳をとったり何かしら病気をしたりしても
伊達に歳をとっておらず、みんなに若い時期があり、働き盛りの時期があり、
それなりの人生を歩んできているので、よく人をよくみていると思います。

一方で、利用者さんから評判のいいセラピストはやっぱり、
僕たちも一緒に働きたい、と思う人ですし、
それなりに人間ができています。
人間ができている、というのがどういうことが説明が非常に難しいのですが。

いくら専門職だからといって、専門バカのように自分の知識技術を押し付けるだけではダメですし、
自分は至らぬ存在だと自覚していて、相手が誰であっても人生の先輩に対して敬意の念を持ち、
相手のテリトリーにお邪魔させていただくという礼儀作法を弁え、
相手のことを考えて寄り添う気持ちを持つことが大事でしょうね。

経験を積めばある程度は応対の仕方は分かってくるでしょうが、
ちゃんと、理学療法や作業療法や言語療法だけでなくてリハビリテーションを勉強して、
人とは何か?ということを考えて、
相手の事にも興味を持つ事でしょうね。
相手の好きなことが、釣りや株ならそれをちょっと調べてみるだけでも
対象者に対する理解が深まるでしょうし。
リハビリだから体操、みたいな視点だけでは
通用しない世界だと感じます。

まずは、人と人の関係。
それができないセラピストは淘汰されていくのだろうなぁ、と思います。
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2019年12月23日

定年消滅時代をどう生きるか (講談社現代新書) (日本語) 新書 中原 圭介 (著)


定年消滅時代をどう生きるか (講談社現代新書) (日本語) 新書 中原 圭介 (著)

これからの時代、終身雇用が限界にきてます。働き方も学び方も、キャリアの積み上げ方も変わります、という内容でした。
さらっと読みやすい内容でした。よくありがちでビジネス本と内容もあまり変わらなかった印象があります。
はるか昔から、会社に依存してはいけない、というようなことはずっと謳われてきているわけですが、
そろそろ現実のものとなりそうな、そんな感じですね。
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残酷な進化論: なぜ私たちは「不完全」なのか (NHK出版新書) 更科 功 (著)


残酷な進化論: なぜ私たちは「不完全」なのか (NHK出版新書) 更科 功 (著)

読み物としては、非常に面白かったです。
現在、地球上に君臨する「ヒト」ですが、体の機能が優れていたから君臨したわけではない、
手の機能、消化器官、足の機能、他の動物の方が優れている場合もあり、
不完全なまま、今の環境においてそれなりにやっていけるから残っている、という内容でした。
例えば、大腸菌など数億年も死なずに生存し続けるに対し、
生き物は、「死」という能力を身につけてから(?)、進化するようになった、と書かれていましたが、納得するものがありました。
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2019年12月18日

研究会議

月曜日は、会議で仕事後、自転車で片道30分かけて同じグループの施設へ。
家までは自転車で1時間以上かかるので、帰宅は夜遅く、そしてぐったりでした。

会議自体は、医師主体で、途中から参加することになった僕は、立場的にどうしてここにいるんだろうと思わなくもありませんが、
先日は、僕の考えている研究調査について今後の方向性を本当に漠然としたものですが相談して色々と意見を伺いました。

先日、論文がアクセプトされたりしたのですが、その調査もいち施設のデータなので結果が偏っているだろうし、
信頼できるデータにするにはもっと大規模にやりたい、ということを言ったのですが、
そういうことは、10年計画で、まず自分の足元を固めてからのほうが良い、と言われて
取り合え図は自分の施設できっちりと調査していこうということを思いました。

来年から開始予定です。
楽しみです。
助成金も久しぶりに応募しようかと思います。

そういうわけで、今日は仕事が休みなので
朝からプールに行ったりしていますが、やはり体を動かすのはいいですね。

明日も頑張ります。カポエイラ、柔術やりたい・・・。
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2019年12月16日

バイザー会議

本日は、養成校に実習のバイザー会議に行って来ました。

学生さんを受け入れるのなど、数年ぶりで、僕自身もバイザーをするのは数年ぶりなので、
楽しみといえば楽しみですが、色々とやり方が変わって厳しくなってきたこのご時世なので、
どうなることやら、という感じですね。
個人的には、こういう機会を通じて色々な人と情報交換できるのが楽しみですけどね。

クリニカルクラークシップは、僕が実習に行き始めた時は、
ボチボチ始められたやり方ですが、
実習施設から散々批判されました。
なぜか実習生の僕に文句を言われ、
延々2時間バイザーから文句を言われて続けて、
次の日全身に蕁麻疹が出たこともありました。

実習といえば、当時がそれがハラスメントだと感じたことはありませんでしたが、
今の価値観からすれば当然ハラスメントですし、
誰もがそういう辛い経験をまあ、
今となれば笑いのネタにして持っていることだろうと思わなくもないですが。

ちゃんと教えていけるようにならないとですね。

そんな感じで明日からも頑張ります。
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2019年12月15日

土曜日

今日は、プールにいく予定でしたが、肝心の水着を家に忘れてしまうという失態で、何のために外に出たのかわからない1日でした。
プールに行くまでに、仕事や休みだったにもかかわらず、これまた昨日職場に忘れて来た名刺を取りに行ったり、色々としていたのですが。
職場では、共同組織の方がイベントをやっていて、僕も顔を出したかったのですが。。。。

そして、夜は遅い自分の持ち時間ができたので、できる範囲でジョギングをしたり筋トレをしたりして、
お勉強をしました。
今日も、少しは稽古に行くつもりだったのですが、結局は無理でした。
体はもうブヨブヨで体重も落ちて来てるので、もうあかんなぁ、と感じずにいられません。
来週に会議があるのですが、そこで色々と面白い提案をしようと思ってます。これが動き出すと面白くなるのですがね。。

世間は地域理学療法全国大会なんですね。行きたかった・・・。本当に。
しかし、明日はバイザー会議で参加できません。

来年こそは発表も含めて参加したいと思ってます。
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2019年12月13日

選ばれるセラピスト

週末は、実習のバイザー会議があるのですが、職場に名刺を置き忘れて帰ってしまいました。
取りにいかなければ。

実習を通じて、
学生を指導することはもちろんだろうけれど、自分も教育を通じて何かしら学ぶこともできるわけだし。
そう受け取れるようなセラピストになりたいですよね。
後進の育成も理学療法士のガイドラインに明記されているわけで、
面倒臭い仕事は増やしたくないとか、業務として明確にしてもらわないとやりませんとか。
専門職としての意識も大事だと思うわけです。そのうち淘汰される業界ですから。

今更当たり前のことかもしれませんが、
セラピストによって利用者さんの反応って大分変わるのだなぁ、
と言うことが最近感じるところです。

あるセラピストが行ってた訪問の利用者さんは、
修了希望を出して来た。もう運動は自分でやると言ってきたとします。
しかし、他のセラピストが行くと意欲的になって
週2回を希望されたりします。

利用者さんの本心は誰にもわからないし、
セラピストの評価だけでは一面的です。
ケアマネさんや他職種の情報を聞かないと
セラピストが訪リハを修了だと評価したとしても、
本人はそう思っていないかもしれない。
本人が継続希望しているのは、実はリハビリ依存かもしれない。
ケアマネは、リハビリ依存かもしれないけれど、
本人が運動してくれるのであれば、訪問リハを続けて欲しいと思っているかもしれない。

本人が修了を希望したのは、実はセラピストのことが嫌いだからかもしれない。
本音と建前が入り乱れる世界なので、いろんな情報を総合的にまとめる能力が必要とされるっとも言えます。

本当、誰がやっても診療報酬、介護報酬は一緒、とか、
色々批判はありますが、
実は、あなたが知らないだけで、
管理運営の立場からは、すでにセラピストは選ばれてる
専門家として評価されているかもしれませんよ、って言いたいですね。

さてさて、来週は一つ大事な会議があるのですが、
ここでは、個人的には大きな提案をしようと思ってます。
いい方向に進めばいいのですが。

と言うわけでこれから帰宅です。(今、カフェ。)
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2019年12月12日

意識を変えないと

今日も仕事が終わりました。
今日、感じたこと。
いくら環境を変えたところで、その人の意識が同じならば、
結局同じだな、と思います。
人間関係や上司との反りのあわなさがあったとしても、
組織はやはりどこにいっても組織なので、
違う場所に移っても、反りのあわない人はいるだろうし、
上司と合わない人もいるだろうし、

そこは、自分の意識を変えなければ、
どこに行っても変わりませんよ、と思ったりします。

人によって、働く目的は異なりますが、
苦しそうな顔をして、まるで苦役のように働いている人を見ると、
こちらまでしんどくなって来ます。

年の瀬か、毎日があっという間で、
今週は、1週間始まったばかりのところで
「もう火曜日か」という意味不明な感覚に襲われました。

明日も頑張りましょう。
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中高年がひきこもる理由―臨床から生まれた回復へのプロセス― (青春新書インテリジェンス) (日本語) 新書 桝田 智彦 (著)


中高年がひきこもる理由―臨床から生まれた回復へのプロセス― (青春新書インテリジェンス) (日本語) 新書 桝田 智彦 (著)

学術的な解説はさらっとでしたが、現場で中高年の引きこ森について取り組む著者が色々と解説しています。
まず、誰にでも引きこもりは起こりうると言うところから、
引きこもり中高年に一定数、発達障害があることがわかることがあるという点、
そして、やはり、幼少時に親から受け入れられたか、両親の仲がよかったか、
なども関係しているのかと知って、いたたまれない気持ちになりましたし、
引きこもりをしている人は、本当は引きこもりから脱却したいと思ってる、そのための援助方法について
適切なやり方、不適切なやり方について。
非常に読みやすく、考えさせられる内容でした。
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2019年12月09日

訪問リハビリテーション

今日も1日終わりました。

訪問リハビリテーションに実際に携わっていて感じるのは、
訪問リハビリテーションという関わりかたの中に理学療法士・作業療法士・言語聴覚士がいるということなので、
理学療法をやるだけ、作業療法をやるだけ、言語療法をやるだけ、という関わりはまずないなぁ、ということです。

国の方向性として、目的が達成したら終了、いや修了してデイなどにつないで社会参加している、と言いたいようですが、
デイにいくことが果たして社会参加なのでしょうか、という話にもなりますし。

医療保険と介護保険は違う。病院と在宅とは違う、そう頭でわかっている人は多いでしょうが、
入院や外来の医療保険のリハのノリで、訪問リハをやる人のなんと多いことか。

筋力訓練をして、動作訓練をして、
「ゴールに達しました」と一方的にケアマネさんに伝えて、おしまい。
自主トレを指導しておしまい。

そのケアマネさんは二度と利用者さんを紹介してくれなくなるでしょう。
もしくは、「担当は、あの人でお願いします」と指名してくるでしょう。

一般職員の知らないところで、ケアマネさんの事業所周りをしている管理者や責任者とケアマネさんとの間では
そんな会話がされていることも少なくありません。

セラピストも選ばれる時代、とか、今の誰がやっても同じ単位数、点数なのはおかしい、とかいう声もありますが、
実はとっくに選ばれている、ということです。それを潰している(?)のは、
そんなことを受け入れていては組織として業務が回らなくなるという運営側の論理だとも考えることができます。

それなので、みんなにスキルアップしてほしい、というのが現状で求められることだと言えるでしょうね。

とりあえず、介護保険のリハビリテーションと疾患別リハビリテーションはそもそも違う、ということを頭に留める必要がありますね。

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2019年12月08日

自己研鑽

近々、理学療法の某県士会の学術大会があるのですが、
プログラム集をパラパラとめくっていたら、

うちの法人の他施設のスタッフが座長をやることになっていました。
ちょこちょこ研修や施設間の会議で顔を合わしている人なのですが、
本当に、えらいなぁ〜と思いました。

仕事以外のことは絶対にやらない、金銭が発生しなけらば絶対にやらない、と
何かと依頼しても文句ばかりが返ってくることが多いとここ最近感じていますが、
何とフットワークが軽いことか。
個人的には、こう言う人が絶対に報われるような
業界にしていかないといけないと思います。

協会に入っても何もメリットがないと言って加入せず、
休日の研修会は仕事じゃないから行かないと、自己研鑽もせず、
認定理学療法士も専門理学療法士も興味がなく、
それでいて、口だけは人一倍偉そうな人ばかりが最近周りに多いのですが、

それが悪いとは言いませんし、
世の中の流れがそうなのが認めますが、

専門家として、勉強を継続するのが当たり前だと思うのですが、
そんな人が報われなければ、本当に、何が正しくて何がただくないのか分からなくなってしまう気がします。

そんなことを感じた今日1日でした。
posted by さとし at 14:39| 京都 ☀| Comment(0) | 臨床・研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

芸人と影 (小学館新書) (日本語) 新書 ビートたけし (著)


芸人と影 (小学館新書) (日本語) 新書 ビートたけし (著)

たけしさんは、定期的にこのエッセイを執筆しているみたいですね。
以前読んだものと構成が似ていて、ちょっとあれ?と思いました。

とにかく、今年は吉本興業の闇営業問題や、チュートリアル徳井さんの脱税問題など
芸人と犯罪や裏社会との関わりが取り沙汰された年でしたが、

たけしさんは、元々芸能界や芸人は社会から外れた落ちこぼれが集まり、なる仕事なので、
そんな人たちに清廉潔白を求めても仕方がない、と、一貫して自分のスタンスを主張していました。

面白かったし、読みやすかったです。
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2019年12月06日

リハビリテーションとは

最近、ふと思い出したことがあったので記しておきます。

僕が今の職場で働いてしばらくして担当した患者さんがいました。
その方をAさん(女性)とします。
Aさんは過去の脳出血で半身が不自由で、杖を使って歩いて通院されていたのですが、
麻痺した方の手足が徐々に硬くなって、歩きにくくなったので
理学療法がオーダーで出たのでした。

外来通院を続けていたAさんでしたが、なかなか思い通りに改善しませんでした。
Aさんの旦那さんも仕事をしながら、介護をしており
疲れで共倒れになりそうな感じでした。

外来リハビリテーションも徐々に決められた日数を迎え、
回数制限がかかるためにこれからの方針を考えなければなりません。
無料定額診療制度を利用して医療保険で医療は無料になるのですが、
通院もままならない状況になってしまいました。

訪問リハビリテーションでリハビリテーションをやろうという案もあったのですが、
Aさんには介護保険サービスを支払うだけの経済的余裕がありませんでした。

家を見に行ったのですが、色々なもので散らかっており、
ポータブルトイレもベッドも数十年前のものをなんとかやりくりしている状況です。

そんななか、Aさんはある日ベッドの手すりに挟まって動けなくなり、
そのままお亡くなりになっていた、と連絡が入りました。

それまでも、いろいろなよかった経験、悪かった経験、悔いの残る関わり方などを仕事を通じてさせてもらってきましたが、
この時ほど、僕は、自分の無力さを感じたことはありませんでした。

それなりに自分は専門的知識もつけたし、いろいろなサービス利用や福祉用具の提案もできるつもりでした。
しかし、それでは解決できない問題、経済的問題のために、旦那さんの献身的な介護にかかわらず
Aさんは若くしてお亡くなりになってしまったのです。

医療とかリハビリテーションとか、何のためにあるのか、と言えば、対象者がよりよく生きるためだと思いますが、
医療保険や介護保険のサービス内で動くセラピストは、サービス内でしか動くことができないし、
お金がなくては、どんなことを提案しても何もできないのです。

やっぱりこれは問題だと思うし、
リハビリテーションが「元どおりの状態になる」という定義なのであれば、
それを変えていくような取り組みも必要なのではないかと思うのです。
社会にも訴えかけないといけないし。

僕が今の職場で、色々と思いながらも働いているのはそんな理由もあるだろうし、
今取り組んでいる研究に関心を持ったのも、そういうところからだと思います。


アフガニスタンでお亡くなりになった、中村哲さんに謹んでご冥福をお祈りします。
中村さんほどの覚悟を僕は持っていないかもしれませんが、
自分の医療人の端くれとして、少しでも誰かに立てるように日々精進していきたいと思います。

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2019年12月05日

自己研鑽

良し悪しは別として、
今まで、あんまり肩書きとか興味ありませんでした。
名刺に書くものが増えるかなぁ、と言う程度の認識で
仕事ができるかどうかはまた別だと思ったりしていました。

しかし、最近肩書きも悪くないなぁ、と思うようになってきました。
例えば、理学療法士には認定理学療法士や専門理学療法士などがありますが、
やっぱりこのような資格を持っていると、この人は勉強しているな、と分かるわけですね。

職場で働いていると、自己研鑽に努めている人も、業務以外のことはやらないという人も
おんなじ扱いで、というのはなんだかなぁ、と思うこともあるわけです。
なんか、資格持っているだけで自分は先生だ、特別だ、と思う人もいるだけで、
あとは、その人の能力を測る指標が臨床場面ではないわけで。

まあ、そういう僕も専門領域の登録を10年以上してなかったので、
今日登録しても、申請できるのはこれから(2年後以降?)になるわけですが、
ちょっと自己研鑽しようかなと思い出しました。
しばらく、勉強会とか出てませんでしたが。
それに反面教師が周りに多過ぎるので・・・・。
本当、環境を与えられてもやる人はやるし、
やらない人はやらないものなのですね。

時代の流れかもしれませんが、
仕事でなければ勉強もしません、という人は
仕事でなくても勉強している人と、絶対に差がつくと思うのですが。
専門職なんだけどなぁ〜とか思ったりするわけで。

色々と残念だと感じる今日この頃です。

というわけでお休みなさい。
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2019年12月01日

忘年会

昨日は職場の忘年会でした。

やっぱり飲み会は大事だと感じます。
普段、仕事ではなかなか話すことができない人と話すことができますし、
普段聞けないような仕事の相談もすることができます。

砕けた雰囲気なのできやすくなるし、
仕事でのやりとりもスムーズになると思います。

今の人は飲みニケーションはやらないと言いますが、
やり過ぎは良くなくても、ある程度は必要なのではないかと思います。
これも人の社会性の一つですしね。

業務として与えられた仕事しかやらないのならそれでいいですけれど、
自分が高く評価され、仕事の成果を上げるためには、
参加することが大事なのではなく、どのように動くのかが大事なのだと。

そんなことを感じました。
今日は久しぶりに時間ができたのでお稽古に行こうと思います。
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